💬トピックに含まれる意見
表現の自由を侵害する危険性がある(32件)
- 政治的抗議や社会的批判を国旗で表現する際に、罰則の対象となるかが不確実で、批判的表現が萎縮する懸念がある。
- デモや意見表示などの民主的な表現活動が処罰される可能性があり、民主主義的な異論表現が制約される恐れがある。
- 自分の所有物である国旗の扱いについて罰則を設けることは、所有の自由と内心の自由という基本的人権を侵害するものである。
このトピックに含まれる32件の意見
国旗損壊の表現・抗議手段としての機能
“国旗というものは特定の集団を象徴するものとして使われる。そして、たとえば日本政府が将来かつての国家総動員法のような全体主義的な法律を強行したり、今までの民主主義体制が変貌するような政変があった時、国家を一番わかりやすく象徴するのは国旗になる。それを抗議のために損壊するのは、良くも悪くも衝撃的な場面になりうる。
曖昧さによる表現の萎縮効果で民主的議論が損なわれる
“思想的には反対である国民が公に反対であることを表明することのハードルになることや、そういう人を支持することに抵抗感が生まれる可能性自体が懸念です。実際に私は、今回国旗損壊罪の基準を知りたくて色々やってみようと思いましたが、実際に制定されたのを見て萎縮して行動を辞めました。
国家による表現行為の制限と罰則に根本的に反対
“それは個人が意思表示する際の表現の一つと思います。国が個人意思表示に伴う行為を制限したうえ罰することには反対です。太平洋戦争では国が国民の行為を制限し、弾圧したことを忘れてはなりません。
政策批判の表現手段としての国旗への抗議行為が処罰される懸念
“政策があまりに一つの政党の党利党略に偏っていて、自らの暮らしにプラスになっていない極端なことが発生した場合、そのことへの批判として国旗に八つ当たりする行為までが、咎められるのは不安である。
法律の文言の曖昧さが警察段階での広い解釈と市民の萎縮を招く危険性
“予測が困難であること自体にあると思います。刑罰法規は、国民が「どの行為をすれば処罰されるのか」を事前にできるだけ明確に理解できるものであるべきです。ところが、「著しく不快・嫌悪を催させる」という基準は、見る人の感情や、その時々の社会的雰囲気、政治的文脈によって幅が出やすい表現です。市民が「危ないかもしれない」と感じて表現を控えるなら、それだけで萎縮効果は起きます。
表現内容規制性の実質的評価が必要
“形式的には、表現内容中立規制の形になっていますが、不快・嫌悪という主観的要素が含まれる以上、どうしても表現内容に着目した処罰になると考えられます。また、構成要件該当性では、表現内容中立的に運用されたとしても、違法性阻却事由との関係で、表現内容を加味した判断がなされることになり、結果として、表現内容規制と考えられるといえます。
感情処罰による表現活動の萎縮
“人によって感情は異なるということ、また、ここについて一般人がある程度判断できるようにならないと、私たちは行動を制限される可能性があります。クッキーに日本国旗を印刷することを迷うなんておかしいと思うんです。表現の自由の侵害です。
民主主義における抗議手段の多様性の必要性
“それをもし罰するのなら、それは表現の自由の侵害になり、抗議相手の指定する手段でしか抗議できない、ってのは民主主義として健全なのか気になる。
表現の自由と尊厳のバランスが本質的課題
“政治思想の表現の自由(たとえば国旗損壊もその一つ)を守ることは、国旗を大切にしたいという政治思想の自由尊厳をも守ることであること。
政治表現の自由に対する直接的な制限
“国旗を燃やす、破くなどの行為を意思表示のための手段として用いられることもある行為です。そういった行為を侵害することは、表現の自由に対する侵害であると考えます。
表現の自由は「配慮」ではなく「重視」されるべき
“表現の自由は「配慮」ではなく「重視」すべき。法律にまだ書き込まなくてもいいけど、そういう答弁を引き出す努力をしてほしい
外国国章損壊罪との構造的な違い:より広い萎縮を生じさせる可能性
“外国を侮辱する目的や外国政府の請求という要件があります。一方、今回の法案は『国旗を大切に思う国民感情』を保護し、『人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法』を基準としています。単純な国内版や鏡写しではなく、むしろより広い萎縮を生じさせる可能性があるという点を含めてください。
政府強要への反対表現が処罰される危険性
“日本政府が強要した日章旗掲揚に対して、反対の意を示すために捨てることが許されなくなる。その際に著しい不快なのか、単なる不快なのかで刑罰がかわるのか
国旗損壊は政治表現であり、処罰は表現の自由を制限する
“損壊や汚損などの行為を行うのは、何かしら主張がある場合だと思います。その場合、それを逮捕して処罰する事は、概ね政治的な主張や自由なパフォーマンスを禁じる事になるためです。
曖昧な処罰基準による市民活動の萎縮を懸念
“デモなどで国旗を使う場合や、スポーツなどの応援などで使う時には、書き込み自体やその扱い方に一定自由が保障されているべきだと思う。
曖昧な基準による萎縮効果への懸念
“どんな行為が処罰されるのか、あるいは何が基準になるのか、が人の主観にもとずくものであり、自分としてはむしろイメージを持てない点に不安を持っている。
海外での正当な抗議活動が処罰される可能性
“海外において 日本企業の行動を行いによって地元が被害を受けた場合や経済的に不利になった場合など地元の人たちの感情のマイナス方向によって 先導され 引き起こされるとか