💬トピックに含まれる意見
著しく不快という基準は曖昧で運用が恣意的になる(55件)
- 個人差が大きく、判断者の価値観で解釈がぶれるため、警察や検察や裁判所で異なる判断がされ、同じ行為でも地域によって処罰が異なる可能性がある。
- 『著しく不快』『通常人』といった用語が定義不明確であり、刑罰法定主義の明確性要件に違反する恐れがある。
- 権力者側の都合よい恣意的運用を招きやすく、民主主義的な批判を封じるおそれがある。
このトピックに含まれる55件の意見
刑罰の基準としての定性性の問題
“刑罰の多くは実際の行動を罪に問うものが多い(例:殺人や窃盗など)し、それらは実際の被害を定量的に確認できたり、公平な基準を設定することが可能だ。しかし、今回の法律は人によって基準の異なる『不快』などの定性的な感覚、しかもそれを抱くかどうかっていうのは個人の政治信条依存がつよく、結果的に特定の政治信条への不当な弾圧につながらないか懸念している。
『著しく不快又は嫌悪の情』という要件は罪刑法定主義に反する
“明確な意義がない以上、条文も曖昧になっています。著しく不快又は嫌悪の情というのは、あまりにも曖昧でそもそも憲法の罪刑法定主義に合うものであるとも思えません。
曖昧な要件『著しく不快』は罪刑法定主義に違反
“通常人とは誰ですか?定義が明確ではありません。通常人のうち、何人が著しく不快だと感じれば罪になるのか。実に曖昧です。法律の文言にいわゆる『遊び』の部分や解釈の幅があってはならないと考えます。
構成要件の曖昧さが市民の行動予測可能性を奪う
“市民にとって重要なのは、裁判の最後に救われるかではなく、事前に自分の行為が犯罪として扱われ得るかを予測できるかです。
運用上の実効性がない懸念
“人によって不快、嫌悪の程度は異なるので、その判断基準が曖昧になってしまう。そのため、裁判所の有罪判決が期待できず、警察、検察が逮捕あるいは起訴をしない、事実上死文化した刑罰となってしまう。
曖昧な基準による全国での執行ばらつきが根本的欠陥
“「地方ごと、警察署ごと、検察庁ごと、裁判所ごと」で「勘案」の基準がバラバラになって法の執行に収拾がつかなくなることが懸念されます。
警察の恣意的運用と国民感情の曖昧性が法規制の根拠として不適切
“そもそも国民感情は目に見えないもの。個人差があるもの。不快の範囲も同様。結局のところ、この法案は警察のその場の判断に運用が委ねられており、「別件逮捕」の材料として恣意的に運用される恐れがある。
法文の基準が曖昧で恣意的運用を招く懸念
“どうとでも司法警察職員が認定できそうな、曖昧模糊な言い分になっているわけです。野党からの国会質疑である程度、適用例は出ていますが、将来的に直接、解釈に用いられるのは法文であるはずです。
『不快』は主観的で判断基準として機能しない
“不快は主観であり、同じ現象でも快不快の感じ方は人によって真逆になりうる。そのようなものに基準としての力がない。
「著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」という基準が曖昧
“全く明確ではない、人や立場、情況により受け取り方が異なる。恣意的に運用されるリスクは極めて高い。
抽象的な要件を含む罰則法は恣意的運用が避けられない
“解釈の余地を残した法律文である以上、恣意的運用は避け得ない。時代が進み、政権が代われば当時の理念を忘れ、または意図的にねじ曲げ、罰則を与えることを目的として法律を使う人間が必ず出てくる
曖昧な基準が悪意のある告発を招く懸念
“『曖昧な基準を悪用する人間が現れ』、それを警戒して表現が委縮していき、さらに周りの目が厳しくなり、さらに委縮し…という流れが想像されます。
執行ばらつきによる社会分断の加速
“「厳しい検挙、立件、判決は賞賛され、なんでこれを検挙しないんだ、という甘い処置が批判される」という社会現象が起きて、社会の分断が加速されます。
法案成立による社会的バッシング抑制効果の懸念
“安易な「非国民」扱いなどのバッシングを用いて、個人の表現に対するバッシングが起こり得ること、その心理的ハードルが下がり得ることが不安です。
法案の基準が曖昧で恣意的運用のリスクがある
“「人がとても不快に感じたり、嫌な気持ちになったりするようなやり方で、人前で国旗を壊したり汚したり」という基準が曖昧すぎる。
『著しく不快』という基準の曖昧性と危険性
“多くの人が『不快に思う』行為を罰することについては、たしかに法という絶大な権力で国民をしばることになり危険を感じます。と同時に国旗がそこなわれることが『不快』であっていいのか。