💬インタビューレポート
保護者
シンガポールの公立小に子どもが通う保護者。学校ではKoobits(算数の適応学習)とMOEのSLS(全教科の学習プラットフォーム)を利用する環境を見ている。
💬主な意見
KPIは使用量でなく到達度・役割分担・授業設計
“見るべきは「使ったか」ではなく「できるようになったか」。スキル習得率、デジタルとアナログの役割分担、教員の授業設計の質の変化を追ってほしい。
🎤すべての会話ログ
本日は、「デジタル教科書を正式な教科書として認めるための法案」について、感じていることや経験をうかがえればと思います。差し支えない範囲で大丈夫です。 この法案は、あなたの生活や立場とどのように関わっていますか?
子どもが学校に通っている(保護者)
保護者の立場からのお話、ありがとうございます。 いま、お子さんの学校ではデジタル教科書は使われていますか?
シンガポールの公立小に通っているので、日本のデジタル教科書とは少し違う話になりますが、参考になればと思い回答します。 うちの子どもたちが使っているのは、サードパーティの算数の「Koobits」と、MOE(教育省)が全教科向けに開発・運営する学習プラットフォーム「SLS(Student Learning Space)」です。SLSは特定の教科専用ではなく、小学校から大学進学前まで主要教科全体をカバーする、国家レベルのプラットフォームです。授業でも使い、家での復習にも同じものを使います。 ただ、これらは「教科書をデジタル化したもの」ではありません。Koobitsは子どもの正答・誤答に応じて次の問題が変わり、MOEが定めた習得すべきスキルのリストに基づいて進捗が可視化されます。SLSはMOEのカリキュラムに直接紐づいており、教員が授業設計に使うと同時に、生徒が自宅で自習する際にも同じ環境で学べる設計です。
とても具体的で助かります。いまのお話だと、日本の「紙の教科書をそのままデジタル表示する」タイプとは違って、プラットフォーム型で学習設計そのものが組み込まれているのですね。 その上で、日本の法案のように「紙の教科書と同じ内容のデジタル教科書」を正式に教科書として位置づける動きについて、保護者としてはどの程度“良い方向”だと感じますか?
かなり懸念が大きい
懸念が大きいのですね。差し支えなければ、その懸念はどのあたりから強く感じられましたか?
シンガポールでは、授業の軸はアナログです。毎週英語・中国語それぞれのディクテーションテストがあり、Koobitsを解くときも隣にノートを置いて手書きで計算します。デジタルは、あくまで手段の一つです。反復練習、自動採点、進捗の可視化、音声認識、(発音が重要な外国語において)音声読み上げ機能、(中国語では)拼音をワンクリックで表示したり消したりする・・・そういうデジタルが得意とするものを、デジタルに任せています。 日本で議論されている「デジタル教科書」(紙の教科書の内容をそのまま画面に映したもの)とは、設計の発想がおそらく根本的に異なります。こちらは「何ができるようになるか」という学力目標が先にあり、デジタルはそのための道具として位置づけられています。「デジタル教科書を正式に認める」議論をされるのであれば、ツールの形式より、その設計思想(何をKPIに置くか)の方が本質的な論点になるのではないかと、一保護者として感じています。
お話をうかがっていると、「デジタルを使う/使わない」よりも、まず学力目標があって、その達成のためにデジタルを道具として最適配置している、という点を重視されているのですね。 日本の議論でいう「紙の内容をそのまま画面に映すデジタル教科書」を正式化するとしたら、特にどんな点がいちばん心配ですか?
いちばん心配しているのは、「本質的な問いが、何年も先送りになること」です。 デジタル教科書を導入すれば、必ず新しい問題が生まれます。目の疲れ、デバイスの管理、インフラ整備、集中力への影響——これらは決して些細な問題ではありませんが、私が心配しているのはそこではありません。 現場の人手は限られています。新しい問題への対応に追われている間、「子どもたちは何ができるようになったか」「学習の質は上がったか」という本質的な問いは、後回しになり続けるだろうと思っています。 シンガポールでデジタルツールが機能しているのを間近で見ていて感じるのは、ツールの形式より先に「何を達成するか」が設計されているからだということです。カリキュラムの到達目標が明確にあって、デジタルはその手段として選ばれている。 翻って、「紙の内容をそのまま画面に映したもの」を正式な教科書として位置づけることは、その問いを立てないまま制度だけ進めることになりかねません。一度導入されたものを見直すことが難しい環境では、「学習の質」という最も大切な議論が、表面的な問題の陰に埋もれたまま、何年も経過してしまうことを恐れています。
懸念のポイントがとても明確ですね。「運用上の火消し」にリソースが取られているうちに、本来見るべき“学習の質”の検証が制度として後回しになって固定化する、という怖さだと受け取りました。 その「本質的な問い」を先送りにしないために、日本でこの法案を進めるなら、どんな指標(KPI)を最初から追うべきだと思いますか?
「使ったか」ではなく、「できるようになったか」を測ること。それだけだと思っています。 具体的には、三つの問いに答えられる指標を最初から設定すべきではないでしょうか。 一つ目は、スキルの習得率です。デジタル教科書を使った単元について、「何割の子どもが、どのスキルを習得したか」を測れる仕組みが必要です。「使用頻度」や「活用した授業時数」ではなく、学力の到達度そのものです。 二つ目は、アナログとの役割分担の検証です。デジタルで伸びた力と、アナログでしか伸びない力は何か。シンガポールでは毎週のディクテーションや手書きの計算が今も残っていますが、それは感覚的な慣習ではなく、役割が違うからです。日本でも「何をデジタルに任せ、何をアナログに残すか」の根拠を、導入前から問い続けてほしいと思います。 三つ目は、教員の授業設計の変化です。デジタル教科書が「紙の代替品」として使われているか、「学習目標に向けた道具」として使われているか。これは授業設計を見れば分かります。ツールの普及率ではなく、使い方の質を追ってほしいのです。 一言で言えば、KPIの主語を「教科書」ではなく「子ども」に置くことだと思っています。何台配ったか、何時間使ったか、ではなく、この子は今、何ができて、何がまだできないか。それが見えて初めて、デジタルが手段として機能し始めると思います。
とても筋の通った整理ですね。"使ったか"ではなく"できるようになったか"に置く、という軸が一貫していて、スキル習得率・アナログとの役割分担・授業設計の質、という3点も制度設計に落とし込みやすいと感じました。 そのうち「スキルの習得率」をKPIとして追うとした場合、日本のデジタル教科書の制度(紙と同内容を正式化)に、どんな形で測定を組み込むのが現実的だと思いますか?
正直に申し上げると、この質問の前提自体に違和感を覚えています。 「紙と同内容のデジタル教科書にスキル習得率をどう組み込むか」という問いは、制度の枠組みを所与として、その中での最善を探すものです。ただ、私が懸念しているのはまさにその枠組みそのものです。 「紙と同内容を正式化」した教科書では、スキルの習得率を測る機能は構造的に生まれません。画面に映した教科書は、子どもが「どこでつまずいたか」「どのスキルが定着していないか」を捉える設計になっていないからです。測定を後から組み込もうとすれば、それは別のシステムが必要になり、現場の負担はさらに増えます。 私が心配しているのはそこです。デジタルそのものが問題なのではありません。「紙と同内容の正式化」という入口で制度が固まった瞬間に、現場はその運用に伴う新しい問題(目の疲れ、デバイス管理、インフラ、集中力)への対応に追われます。その間、「スキルの習得率」という本質的な問いを議論する余裕は、現場には残らないだろうと思っています。 ですから私の答えは、「この制度の枠内で測定を組み込む現実的な方法」ではなく、「そもそもこの枠組みで始めることへの再考」をお願いしたい、というものになります。
違和感を率直に言ってくださってありがとうございます。おっしゃる通りで、「紙と同内容のデジタル教科書」という枠組み自体が、到達度の可視化やつまずき検知の設計と相性が悪く、あとから測ろうとすると別システムが増えて現場負担が積み上がる、という懸念なのですね。 その前提で伺いたいのですが、日本がこの法案を進めるにしても「枠組みを再考する」としたら、制度としてはどんな方向に組み替えるのがよいと思いますか?
制度の組み替えについては、私は立法の専門家ではないので、具体的な設計を語れる立場にありません。 ただ一点だけ申し上げると、「この法案をどう進めるか」よりも先に、「そもそも今、日本の子どもたちの学習に何が足りていないのか」という問いが議論されているかどうかが気になっています。 いま言えるのは、ツールは問いの後についてくるものだということです。法案の進め方より、その問いを丁寧に立てる時間の方が、長期的には子どもたちのためになると信じています。 保護者の実感として、参考になれば幸いです。
ありがとうございます。制度の細部よりも前に、「いま日本の子どもたちの学習に何が足りていないのか」という問いが立っていないこと自体を問題視されている、ということですね。ツールは問いの後に来る、という感覚はとても伝わりました。 では確認ですが、この法案(デジタル教科書を正式な教科書として認める)がこのまま成立して進んだ場合、保護者としては全体としてどの程度“望ましい”と感じますか?
望ましくない
承知しました。保護者としては、この法案がこのまま成立して進むことは「望ましくない」と感じていらっしゃるのですね。 その「望ましくない」という感覚が強まるのは、どんな場面を想像したときですか?
すでに回答しているので、差し控えます。回答は以上です。
承知しました。ここまで丁寧にお話しいただき、ありがとうございました。 いただいたご意見は、①ツール先行で制度が固まることで「学習の質(できるようになったか)」の検証が先送りされる懸念、②KPIは使用量ではなくスキル習得・アナログとの役割分担・授業設計の質で追うべき、③そもそも日本の学習課題の特定が先、という点に要約できると受け止めました。 これまでの内容をまとめ、レポートを作成します。
お時間を割いて丁寧に共有いただき、ありがとうございました。以下、いただいた内容の要約レポート案です。ご確認ください。