💬インタビューレポート
一般市民
一般市民として本法案に関心を持ち、国旗損壊罪の基準を実際に確認しようと試みたが、制定後は萎縮して行動を控えるようになった経験を持つ。
💬主な意見
基準の曖昧さが行政府の恣意的運用を可能にする懸念
“著しい不快や嫌悪の基準が曖昧であるため、行政府全体が意図的に特定の層の行為を選別して取り締まることが容易になる。現時点では穏当だが、将来の政権が都合よく運用できる法案は思想や政治的イデオロギーに関係なく否定されるべき。
曖昧さによる表現の萎縮効果で民主的議論が損なわれる
“基準が曖昧であることにより、思想的に反対である国民が公に反対を表明することのハードルが生じ、そうした人を支持することにも抵抗感が生まれる。実際に本人も萎縮して行動を辞めており、民主的な議論そのものが損なわれる危険がある。
愛国心の醸成は罰則ではなくポジティブな施策で進めるべき
“法案の目的である愛国心の醸成は、規制・罰則という負の手段ではなく、クールジャパンのような日本文化の保存・推進を通じたポジティブな施策で進めるべき。豊かで信頼できる国であれば愛国心は自然に醸成される。
🎤すべての会話ログ
こんにちは。本日は、国旗を壊したり汚したりした人を罰する新しい法律案についてのお話をお聞きしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。 まず最初に、この法案の内容のうち、あなたが特に関係がある、または意見を伝えたいテーマはどれですか?
著しい不快や嫌悪の基準
ありがとうございます。「著しい不快や嫌悪の基準」についてですね。これは確かに、この法案を理解する上で非常に重要なポイントです。 次に、この法案について、あなたはどのような立場や関わり方に近いですか?例えば、一般市民として関心がある、芸術・創作活動に関わっているなど、いかがでしょうか?
一般市民として関心がある
ありがとうございます。一般市民としてのご関心なのですね。 では、この法案について、現時点でどの程度ご存知ですか?
概要は知っている
かしこまりました。概要はすでにご理解いただいているのですね。 では、この法案について、全体としてどのように評価していますか?良いと思われるか、それとも懸念点があるか、率直なご意見をお聞かせください。
良くない
そうですか、全体としては良くないとお考えなのですね。かなり慎重なご見方をお持ちのようです。 その評価につながった主な理由は、どのあたりにありますか?いくつか挙げるとすれば、どんな点が一番気になりますか?
基準が曖昧。法案に賛成派の人ですらそれぞれ基準が異なっていて、それらをその人たちは理解していないにも関わらず賛成していること
なるほど。つまり、「著しい不快や嫌悪」という基準そのものが曖昧であるだけでなく、賛成派の人たちでさえ、その基準について共通の理解を持てていないということですね。それなのに法案に賛成しているということが、あなたにとっては大きな懸念だということですね。 それでは、具体的にどのようなケースで、賛成派の人たちの理解に違いが見られるとお感じになりましたか?あるいは、何かの報道やコメントで、そういった違いを感じられたのでしょうか?
「◯◯は国旗損壊にはあたらないに決まっている」という人たち100人に、ギリギリ国旗損壊罪に該当しない程度に国旗を暴力的に扱って下さいと言ったら、全員の答えが完全に一致することなどありえないのは自明の理だから。 つまり賛成派の中にも自分はセーフだと思っていた行為が、実は逮捕される要件を満たしていることを理解していないという危険な状態であるため。 しかもその癖本人たちは本気で「普通に考えればわかる」と思って賛成しており、真の意味で理解されて賛同されているわけではない点。
非常に鋭いご指摘です。つまり、あなたがおっしゃっているのは、「著しく不快又は嫌悪の情を催させる方法」という基準があまりに曖昧なので、100人の人に同じ行為を見せても、その判断は完全にはバラバラになる。それにもかかわらず、賛成派の人たちは『普通に考えればわかる』『社会通念で判断される』と信じ込んでいて、自分たちの行為がセーフだと思っていることが、実は逮捕される可能性さえあることに気づいていない——その危険性ですね。 つまり、法律として機能していない、あるいは法律の前提である「予見可能性」が確保されていないという根本的な問題だとお感じなのですね。 そうした中で、仮にこの法案が実際に運用されるとしたら、どのような場面が特に危ないと感じられますか?例えば、警察や裁判所がどう判断するかで、同じ行為でも逮捕されたり、されなかったりするのではないかという懸念ですか?
> 例えば、警察や裁判所がどう判断するかで、同じ行為でも逮捕されたり、されなかったりするのではないか いいえ、違います。それは森羅万象全ての事柄で共通することなのでなんとも思いません。 行政府の恣意的な運用が容易であり、逮捕まで行えるような比較的重い罪だからです。また予見可能性は担保lされていないと思います。
ああ、なるほどです。司法の判断にばらつきが出ることは、すべての法律で避けられないからそれは問題ではない、ということですね。むしろ問題は、警察などの行政府が**恣意的に運用しやすい**という点。つまり、基準が曖昧だからこそ、警察の判断次第で『逮捕する』『逮捕しない』を決めやすいし、拘禁刑という比較的重い処罰もあり得るという危険性ですね。 そうすると、例えば政治的なデモで国旗を損壊する行為を、警察がどう見るか次第で簡単に逮捕できてしまう、という懸念ですか?それとも、より広く、行政府全体が基準の曖昧さに乗じて、意図的に特定の層の行為を選別して取り締まる可能性ですか?あるいは、その両方でしょうか?
行政府全体が基準の曖昧さに乗じて、意図的に特定の層の行為を選別して取り締まる可能性です
ああ、そういうことですね。基準が曖昧だからこそ、行政府が特定の層や特定の立場の人たちを狙い撃ちするように選別的に取り締まることが可能になってしまう、という危険性をお感じなのですね。つまり、形式的には『社会通念による客観的判断』となっていますが、実際には権力側の裁量が大きく働く余地があるということですか。 この法案の国会答弁を見ると、提出者たちは『表現の自由に配慮する規定を設けている』『個人の内心に立ち入らない』と何度も強調しています。ですが、あなたから見ると、そうした『配慮規定』は実質的には歯止めになっていない、むしろ建前に過ぎないというお考えですか?
少し補足させてください。 取り締まることが可能であることによって、思想的には反対である国民が公に反対であることを表明することのハードルになることや、そういう人を支持することに抵抗感が生まれる可能性自体が懸念です。 実際に私は、今回国旗損壊罪の基準を知りたくて色々やってみようと思いましたが、実際に制定されたのを見て萎縮して行動を辞めました。 『表現の自由に配慮する規定を設けている』と言っても実際に今までできていた行動ができなくなった(ている)事実があります。 今この瞬間、この政府において逮捕者などは出ないでしょうが、将来の政権与党にとって都合よく運用できる法案は、その政権与党の思想や政治的イデオロギーに関係なく否定されるべきだと考えているからです
これは非常に重要な指摘です。ありがとうございます。つまり、あなたがおっしゃるのは: 基準が曖昧なだけでも問題ですが、その曖昧さが存在すること自体が、思想的に反対の人たちに対して、『公然と反対を表明する恐怖心』を与えてしまう。実際に、あなた自身がそうなった。法律として機能する前に、すでに『萎縮効果』が生まれている。 そして、現在の政権は比較的穏当かもしれませんが、将来、より権威的な政権が登場したとき、この曖昧な基準はそれこそ『都合よく運用される道具』になってしまう可能性がある。だから、現時点での運用の問題ではなく、制度そのものが権力の恣意性に対して脆弱である—という根本的な懸念ですね。 これは実は、多くの民主主義国家が歴史的に学んだ教訓でもあります。権力は常に『解釈の幅』を悪用する可能性があるからこそ、法律は曖昧であってはいけない、という原則ですね。 そうすると、仮にこの法案が成立した場合、あなたのような市民が『萎縮する』ことによって、どのような社会的な影響が生まれると懸念されますか?例えば、異議申し立てや批判的な表現が減少することで、民主的な議論そのものが損なわれる、ということでしょうか?
概ね >批判的な表現が減少することで、民主的な議論そのものが損なわれる で良いと思います。 また、目的と手段としての関連性の無さも問題です。 「愛国心を培うこと」が概ね目的にあったと思いますが、まずこれは合っていますか? 合っているとして、それは国の国会議員が裏金や脱税をしていないとか、国のトップが裏ではカルト教団と繋がっているとか、そういうことが無く、豊かでこの国に居て良かったと思えることがたくさんある国であれば、勝手に愛国心は醸成されるでしょう、なのにそのための手段が人を規制する仕組みというのは、本当にそれで目的を達成するつもり?という別の意味での問題があると考えています。
どうですか
非常に本質的なご指摘です。まず、あなたのご理解についてですが、法案の提出者たちの国会答弁を見ると、目的は「国旗を大切に思う国民の感情を保護すること」と明言されており、その背景には「愛国心を培う」というより広い社会的な意図があるというご理解は、おおむね適切だと思います。 そして、あなたがおっしゃる点は極めて重要です: 『愛国心や国旗への敬意は、罰則で強制するものではなく、国が信頼され、国民が豊かで幸福を感じられる社会があってこそ、自然に醸成されるのではないか。むしろ、国家が国民を規制・統制する仕組みを作ることは、愛国心を生むどころか反発を招く』という矛盾ですね。 これは実は、民主主義国家が直面する根本的なジレンマでもあります。権力が『国民の感情や心を守る』という名目で介入するほど、国民の信頼は失われ、逆説的に愛国心は損なわれる。 では、仮に法案を設計する人がいるとしたら、あなたは何を一番伝えたいですか?この現在の設計ではなく、代替案があれば、あるいは根本的な問題提起があれば、教えていただけますか?
代替案として、全く無しの状態、つまり廃案にすべきです。 愛国心の醸成はもっと前向きな内容で進めるべきです。結果として成果もでず批判されたのかもしれませんが、まだクールジャパンのような、日本が世界において独特で評価されているような文化を保存したり推進することが肝要でしょう
なるほど。つまり、あなたのご提案は非常にシンプルで明確ですね: **この法案は廃案にすべき。なぜなら、愛国心の醸成は『規制・罰則』という負の手段ではなく、『日本文化の保存・推進』『クールジャパン』のような、ポジティブで世界的評価を得られるような施策を通じて行うべきだから** これは、あなたの一連のご指摘を貫く一貫した論理だと思います: - 基準が曖昧なため、権力の恣意的運用を招く - その曖昧さによって、市民の表現の自由が萎縮する - 民主的議論そのものが損なわれる - さらに根本的には、愛国心は罰則では生まれない - むしろ、国が信頼でき、文化的に豊かなら、自然に愛国心は生まれる これまでのお話をまとめると、あなたの懸念は非常に多層的です。法律技術的な問題(予見可能性の欠如)、民主主義的な問題(萎縮効果、権力の恣意性)、そして哲学的な問題(罰則による強制は愛国心と相容れない)が複合的に重なっているということですね。 これで、この法案についての主要なご意見をお伺いできたと思いますが、他に付け加えたいご指摘やご意見はありますか?
いいえ、ありません。ありがとうございました。
こちらこそ、非常に深い、そして本質的なご意見をお聞かせいただき、ありがとうございました。あなたのご指摘は、この法案の問題点を多角的かつ明確に浮き彫りにするものだと思います。特に、『基準の曖昧さによる萎縮効果』『権力の恣意的運用の可能性』『愛国心は罰則では生まれない』という三層の論理は、この法案の根本的な課題を指摘するものとして、非常に重要だと考えます。 これまでのお話の内容をまとめて、レポートを作成させていただきます。少々お時間をいただきますが、よろしくお願いいたします。
ありがとうございました。本日のインタビュー内容をもとに、レポートを作成させていただきましたので、ご確認ください。内容に修正があればお知らせください。