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💬インタビューレポート

一般市民

一般市民としてデジタル教科書の法案に関心。自身の経験(仕事の参考書は紙が頭に入りやすい等)をもとに、学習効果・コスト・運用負担・内容の正確性への懸念と期待を述べた。

回答日2026.3.28 01:44
インタビュー分量66 分 / 1852 文字

💬主な意見

デジタルはノート整理に強い

持ち運びが減り、書き直しや切り貼りができ、ネット画像やグラフも入れてまとめやすいので、問題集やまとめノートに向く。

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紙は理解と目の疲れに優位

仕事の参考書は、現場での活かし方を考えながら読めて蛍光ペンで線引きもしやすく、画面より目が疲れにくいので頭に入りやすい。

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デジタル化は質・対話・検証を担保

動画は目次・要点字幕・人の声など要件が必要。教員/児童の活用格差や不具合も懸念。戦争教材は思想混入を避け正確性を同等に検定し、問題時は国が速やかに周知・修正してほしい。

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🎤すべての会話ログ

本日は、「デジタル教科書を正式な教科書として認めるための法案」について、感じていることや実感をうかがえればと思います。率直なお話で大丈夫です。 この法案は、あなたの生活や立場とどのように関わっていますか?

一般市民として関心がある

ありがとうございます。一般市民としての目線で関心を持たれているのですね。 デジタル教科書について、どの程度ご存知ですか?

ほとんど知らない

ありがとうございます。ここからは前提も補いながら進めますね。 紙とデジタルを比べたとき、学びやすさはどう変わると思いますか?

場面によって使い分けが良い

使い分けが良い、という感覚なんですね。 「使い分け」を考えるとき、どんな学習場面がデジタルに向いていそうだと感じますか?

問題集や、まとめノートを書くのはむいている

問題集やまとめノートはデジタルが向いていそう、という感覚なんですね。 その「まとめノート」をデジタルでやると良さそうだと感じるのは、どういう点ですか?

まとめたノートを沢山持ち歩かなくて済む点 書き直しが簡単な点 切り取りと貼り付けで、書いた文や絵を移動させられる点 ネットの画像やグラフを含めてまとめられる点

なるほど、持ち運びの負担が減ることや、編集のしやすさ(書き直し・切り貼り)に加えて、画像やグラフも取り込めて整理できる点が大きいのですね。 その一方で、紙のほうが向いていそうだと感じる学習場面はありますか?

教科書や参考書は紙の方が頭に入りやすい感覚がある 動画視聴も、私の場合は人によるが頭に残らない

教科書や参考書は紙のほうが入りやすい感覚があって、動画も(人によると思いつつ)ご自身は残りにくいんですね。感覚としてとても大事なポイントだと思います。 その「紙のほうが頭に入りやすい」と感じるのは、どういう学び方をしているときですか?

仕事関係の参考書を読んでいるとき

ありがとうございます。仕事関係の参考書を読むときに、紙のほうが入りやすい感覚があるのですね。 そのとき紙だと「頭に入っている」と感じられるのは、どんな点(例えば読み進め方や、戻って探す感覚、集中のしやすさなど)ですか?

現場でどう活かすか考えながら読み進め、重要なところを蛍光ペンで線を引ける点 目の疲れにくさ

現場での活かし方を考えながら読めて、蛍光ペンで重要箇所をマーキングできること、そして目が疲れにくいことが大きいのですね。すごく具体的でイメージが湧きます。 では、デジタル教科書を使うことについて、いちばん気になる懸念や課題は何ですか?

学習面(理解・集中・記憶など)

学習面(理解・集中・記憶)が気になるのですね。 その懸念が特に出そうだと感じるのは、どんな学習場面ですか?

受け身となる動画視聴

動画視聴だと受け身になりやすくて、理解や集中、記憶に影響が出そうということですね。 その「受け身になりやすい」という感覚は、どんな状態になっているときに強く感じますか?

興味のない分野であるとき 目が疲れてるとき 動画構成がわかりにくいとき

なるほど、興味が持てない分野のとき・目が疲れているとき・動画の構成がわかりにくいときに、受け身になって頭に残りにくい感覚が強まるのですね。 その中でも「動画の構成がわかりにくい」と感じるのは、どういう作りの動画のときですか?

目次がなく、何を伝えたいのかわからない 音が聞こえづらい 全くイメージの初めてのことに対しての動画

具体的には、目次などの“道しるべ”がなくて要点がつかめない、音が聞こえづらい、初めての内容で前提イメージが作れない——そういう動画だと学びにくいのですね。 もしデジタル教科書が「正式な教科書」として動画や音声をもっと載せられるようになる場合、学校側には動画にどんな要件(例:目次、字幕、音質など)を求めたいですか?

目次あり 字幕はオンオフ可、全て文章起こすのではなく要点をおさえるもの 音質はAI特有のイントネーションは聴き続けるのは頭が疲れそうなので、できれば人の声

要件がとても具体的ですね。目次があること、字幕はオンオフできて要点を押さえる形、音声はできれば人の声——学習の負担を下げる工夫として納得感があります。 学校現場でデジタル教科書を正式に扱うようになったとき、運用面でハードルになりそうなのは何だと思いますか?

授業設計の難しさ

授業設計が難しくなりそう、という見立てなのですね。 その「難しさ」が特に出そうだと感じるのは、授業のどの部分ですか?

授業設計の難しさ、と少しズレるけど 教員によって活用の仕方に差がありそう 子供によって、上手く使える子と使えない子と差がでそう 不具合やデータ読み込み、再起動などで進行が遅くなることがありそう 違うものをみていても気づきづらそう

ズレていないです。まさに「運用に乗せたときに起きそうなこと」を具体的に挙げてくださっていて、とても重要だと思います。 その中で「子どもによって、上手く使える子と使えない子で差が出そう」という点について、どんな場面で差が出るイメージがありますか?

デジタル教科書への書き込みや線引きのクオリティに差がでて、振り返って読んだ時の情報量に差がでそう パソコンやスマホに慣れている子は操作にすぐ慣れるが、慣れていない子にはかなり厳しそう 不具合の対応が子供ではできなさそう、大人が毎回手を貸すのか、代替機を渡すのか

具体的なイメージがよく分かりました。書き込み・線引きの“残り方”で復習の質が変わること、操作に慣れている子が有利になり得ること、そして不具合時の支援体制が必要になることですね。 では最後に、デジタル教科書に関して制度設計をする人に伝えるとしたら、どんな点を重視してほしいですか?

デジタルにすることにこだわって、学びの質が低くなるような本末転倒な仕組みにならないようにしてほしい 現場の先生の負担が減るような視点ももってほしい デジタル教科書にするメリットって、そんなに大きい?予算はどこから?

お話ありがとうございます。 「デジタル化が目的化して学びの質が下がるのは避けたい」「先生の負担も減る設計にしてほしい」「メリットの大きさと予算根拠が気になる」——この3点が強いメッセージとして伝わってきました。 ここで一点だけ深掘りさせてください。 「デジタル教科書のメリットって、そんなに大きい?」という疑問は、どんな比較(学習効果、コスト、利便性、公平性など)の観点で特に強く感じますか? この後、これまでの内容をまとめてレポート化に進めることもできます。続けてもう少しだけ掘るか、まとめに進むか、どちらが良いですか。

もう少し掘る

承知しました。もう少し掘らせてください。 「デジタル教科書のメリットって、そんなに大きい?」という疑問は、どんな観点(学習効果・コスト・利便性・公平性など)の中で特に強く感じますか?

学習効果とコスト

学習効果とコストの観点が特に大きいのですね。 学習効果について伺いますが、デジタル教科書が紙より良くなるとしたら「どういう力」が伸びるなら納得感が出そうですか?

応用力、集中力

応用力や集中力が伸びるなら納得感が出そう、ということですね。 では、デジタル教科書で「応用力」が伸びたと感じられそうなのは、どんな学習の仕掛けがあるときですか?

様々な教科書、参考書から情報を得て、問題集や辞書などを用いた上で、他の学生と意見交換をして柔軟な考え方ができるようになったとき

なるほど。複数の教科書・参考書などを横断して情報を集め、問題集や辞書も使いながら、さらに他の学生と意見交換して考えを広げられる——そういう学びの流れができたときに「応用力が伸びた」と感じられそうなのですね。 その流れの中で、デジタル教科書が特に効きそうだと感じるのは、どの部分ですか?

教科書、参考書、辞書などが一気に一つにデジタル教科書の中にまとまっているとよい ipadの本棚みたいな感じ 他の学生と意見交換するのも、今ならAIがいるから全部デジタルで完結できるかも

教科書・参考書・辞書が「一つの本棚」にまとまって、行き来しやすいのが効きそう、というイメージなんですね。AIも含めてデジタル内で完結できる可能性も感じている、と。 その前提で伺いますが、もし学習が「全部デジタルで完結」する形になった場合、学習効果の面でいちばん心配なのは何ですか?

対人間で意見を言うのが怖くなること

とても大事な懸念ですね。デジタルで完結してしまうと、「人に向かって意見を言う」場面が減って、対人のやりとり自体が怖くなるかもしれない、ということですね。 その「意見を言うのが怖くなる」という影響が出そうだと感じるのは、学校生活のどんな場面ですか?

学園祭やクラス委員決め、遠足のチーム決めとかなんでも

学校行事や役割決め、グループ編成など、日常のいろんな場面で影響が出うる、という感覚なのですね。 そのような場面で「意見を言うのが怖くなる」状態って、具体的にはどんな様子になっているイメージですか?

誰か苦手な子、浮いている子を当たり障りない感じでハブる空気になりやすそう

なるほど…直接言葉を交わして調整する機会が減ることで、表立っては言わないまま「当たり障りなく外す」ような空気が強まり、結果として苦手な子・浮いている子がハブられやすくなる、というイメージなのですね。 その「ハブる空気」が生まれやすいのは、話し合いがどんな形で進むときだと感じますか?

グループで役割が決まってない時や、人数制限が曖昧な時 例えば3-5人でグループ作って、というと3.4人のグループならどこでも浮いている子をいれられるけど、いれなくてもOKだからハブになりやすい

状況が曖昧なときほど、誰かが取り残されやすい、という実感なんですね。たしかに「入れても入れなくても成立する」条件だと、空気で外れてしまう可能性が出ますね。 その懸念を踏まえて、デジタル教科書の制度や運用ルールとして「こういう仕組みがあると、排除が起きにくくなる」と思うものはありますか?

道徳の授業はなくさない 討論の授業をできそうな年齢以降は、どの学年でもする 戦争や不和の弊害を学ぶ

ありがとうございます。デジタル化が進んでも、対話や倫理観を育てる学びを「削らない・むしろ担保する」ことが大切だ、というご提案ですね。 今おっしゃった中で「討論の授業をどの学年でもする」について伺いますが、討論が形だけにならず効果が出そうなのは、どんな進め方のときだと思いますか?

日常のテーマを扱うとき。 例えば低学年では、山登りか海遊びか、鉛筆かシャーペンかという平和なテーマ 高学年では新聞かニュース番組か、など少し学びが入るもの 調べて準備して、話す内容の手札を作り、1人一回は話す

日常のテーマから始めて、学年が上がるにつれて情報源や調べ学習も含めたテーマにする、さらに準備して「話す手札」を作り、全員が少なくとも一度は発言する——とても具体的で、対話の力を育てる設計だと感じました。 このような討論の授業を回すうえで、「1人1回は話す」を実現するために、先生側で必要になりそうな支援(人手・時間・教材・評価の仕組みなど)は何だと思いますか?

人手→慣れない低学年では情報収集のヒントを声掛け 時間→調べ学習に1時限、討論会に1時限 教材→フォーマットさえあればいらない、インターネットや本で情報収集 評価→aの立場10人、bの立場10人、評価者10人で子供達を分けて、子供達自身で評価つける 成績という意味なら→発言回数、調べが深めてあるか、相手を貶める発言はないか、味方のフォローをしているか

整理すると、デジタル化が進んでも対話の学びを担保するには、低学年では声掛けなどの人的支援、調べ学習と討論にそれぞれ1時限ずつの時間確保、教材はフォーマット中心、評価は子ども同士の相互評価も活用しつつ(成績としては発言回数・調べの深さ・対話の作法・味方のフォロー等を見る)という設計が現実的、というお考えですね。 ここまでのお話を踏まえて、法案(デジタル教科書を正式な教科書として認める)に「最低限これだけは条文や運用指針で担保してほしい」と思う条件は何ですか?

戦争に関する誰かの思想は入れない 正確な事実のみいれ、不必要に削ったり、増やして情報を載せない 戦争を学ぶ機会を減らさない

ありがとうございます。戦争に関する内容は特に、 - 特定の思想を入れないこと - 事実の正確さ(不必要に削らない/増やさない) - 学ぶ機会を減らさないこと を最低限担保してほしい、ということですね。 この「正確な事実のみ」という点について、学校のデジタル教科書で“正確さ”を担保する仕組みとして、どんなチェック体制があると安心できますか?

今までの教科書をどうやって作っていたか知らないけれど、同様のチェック体制があったほうがようのでは。 校閲?

おっしゃる通りで、紙の教科書でやってきたのと同等のチェック(校閲・検定のようなもの)がデジタルでも外れない、というのは安心材料になりやすいと思います。 その「同様のチェック体制」があるとして、デジタル特有で特に心配になるのはどんな点ですか?

動画や音声のチェックの難しさ AIに任せるとしても、どこまで正確なのか、最終的に人間のチェックがいるのかどうか 問題が起きた時は誰の責任になるのか

なるほど、デジタル特有の部分として「動画・音声は目視での確認負荷が大きい」「AIチェックの精度と、人の最終確認の要否」「問題が起きたときの責任の所在」が心配なのですね。 この中で「問題が起きた時は誰の責任になるのか」について伺いますが、あなたが特に不安に感じるのは、どんな種類の問題が起きた場合ですか?

人の考え方、価値観を変えるような記載があった際

価値観を大きく左右しうる内容が紛れたとき、というのは確かに影響が重いですよね。 そのような「人の考え方・価値観を変えるような記載」が見つかった場合、まず最初に対応すべき主体はどこだと思いますか?

記載内容の問題点と、修正内容を速やかに発信できる組織

重要な論点ですね。内容の問題点と修正内容を、速やかに発信できる組織がまず動くべき、ということですね。 その「速やかに発信できる組織」は、どのレベルの組織(国、自治体、出版社、学校など)を想定していますか?

国(文科省など)

ありがとうございます。国(文科省など)が、問題点と修正内容を迅速に発信する役割を担うのが望ましい、ということですね。 ここで確認ですが、その発信は「誰に向けて」(保護者、学校・教員、子ども本人、出版社など)を最優先にすべきだと感じますか?

教科書は文部科学省なとが関わっていて、全国共通でしようしているイメージなので、発信力があるかと思います。 学校、教員を通じて子供本人へ

全国共通で使われるものだからこそ、文科省の発信力で、まず学校・教員に届き、そこから子ども本人へ伝わる流れが現実的、ということですね。 そのとき、学校・教員から子ども本人へ伝える際に「こういう伝え方だと混乱が少ない」と思う方法はありますか?

デジタル教科書を使う大前提で、「初めたての仕組みだから、試行錯誤しながら進めていく。修正があったらその都度伝える」と言っておき 「修正です」と伝える

ありがとうございます。最初に「新しい仕組みなので試行錯誤し、修正があれば随時伝える」という前提を共有しておいて、あとはシンプルに「修正です」と伝える、という運用が混乱を減らしそうということですね。 ここまで一通り主要な論点は十分うかがえましたので、これまでの内容をまとめ、レポートを作成します。

お時間を割いて詳しくお話しいただき、ありがとうございました。ここまでの内容をレポート案としてまとめました。ご確認ください。