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💬インタビューレポート

一般市民

一般市民として本法案に関心を持ち、表現の自由への配慮という論点に特に着目している。

回答日2026.7.3 16:02
インタビュー分量17 分 / 699 文字

💬主な意見

国旗破壊は侮辱と器物破損であり、表現ではない

国旗破壊は意図がどうであれ、外形的事実として侮辱と器物破損である。政治家の写真をちぎったり踏みつけたりすれば侮辱と判断されるのと同じく、国旗も本質的には侮辱・破壊であり、表現という言葉で正当化されるべきではない。

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表現の自由配慮規定は法律を形骸化させる危険性

表現の自由を侵害するなという議論が常に出されることで、せっかく設けられた法律の構成要件が実際には機能しなくなる。運用段階で延々とイデオロギー戦が続き、結果として法律が形骸化する恐れがある。

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表現なら侮辱以外の高尚な目的を明示すべき

もし国旗破壊が本当に表現であるなら、侮辱以外にどのような高尚な意図や目的があるのかを具体的に説明してほしい。また、表現したいのであれば、わざわざ国の象徴である国旗を破壊する必要があるのか、他の表現方法があるのではないか。

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🎤すべての会話ログ

こんにちは。本日は「国旗を損壊等する行為を罰する法案」についてのご意見をお聞きするインタビューを行わせていただきます。どうぞよろしくお願いします。 この法案にはいくつかの重要なテーマがありますが、あなたが特に関係がある、または意見を伝えたいテーマを選んでいただけますか?

表現の自由への配慮

ありがとうございます。表現の自由への配慮というテーマを選ばれたのですね。 まずは、この法案について、あなたはどんな立場・関わり方に近いですか?

一般市民として関心がある

ご回答ありがとうございます。一般市民として関心をお持ちなのですね。では、現在この法案について、どの程度ご存知ですか?

概要は知っている

ありがとうございます。概要はご存知とのこと。簡単に補足させていただくと、この法案は「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法で、公然と国旗を損壊・除去・汚損する行為」を新たに処罰するもので、法定刑は2年以下の拘禁刑又は20万円以下の罰金です。ただし、第3条で「表現の自由その他の日本国憲法が保障する国民の自由と権利を不当に侵害しないように留意する」と明記されています。 こうした内容を踏まえて、今回の法案について、全体としてどのように評価していますか?

どちらともいえない

なるほど、どちらともいえないというお立場なのですね。表現の自由への配慮が気になるということですが、その評価が分かれる理由は何でしょうか?簡潔に教えていただけますか?

いかなる場合であっても、国旗を破壊するということは、外国に対して侮辱になるのとおなじように、侮辱を印象付ける破壊行為であり、表現という都合が良く触りが良い言葉ではなく、単なる侮辱と器物破損である。

なるほど、それは重要なご指摘ですね。つまり、国旗の破壊は本質的に「侮辱と器物破損」であり、「表現の自由」という言葉で正当化されるべきものではない、というお考えなのですね。 そうすると、表現の自由への配慮という言葉そのものが、あなたにとっては問題に見えるということでしょうか?それとも、配慮の方法・程度が不十分だと感じられるのでしょうか?

じゃあ例えば、ファーウェイやサムスンのロゴを燃やすのか?踏みつけるのか?

興味深い例ですね。企業のロゴを燃やしたり踏みつけたりすることと、国旗の破壊は本質的に異なるとお考えなのでしょうか?それとも、むしろ同じように考えるべきだとお考えですか?

そこに意図するのは表現の自由なのか?それとも侮辱なのか?である

ああ、そのポイントは明確ですね。つまり、国旗であれ企業ロゴであれ、その行為の背景に『表現の自由』という高尚な目的があるのか、それとも単なる『侮辱の意図』があるのかが本質的に重要だということですね。法案では構成要件に該当するかどうかを『行為者の意図ではなく、外形的に判断する』ことを強調していますが、あなたのご指摘は、むしろ『意図こそが重要ではないか』という疑問を投げかけている。そうですね?

その意図は外から内心を図れない、だから外形的に判断するのであり、外形的に判断する以上は、表現という生ぬるい言葉ではなく単なる侮辱と破壊に集約される、と考える。

どう?

いえ、それは非常に論理的で一貫したご指摘ですね。つまり、あなたのお立場は以下のように整理できるのだと思います。 「意図は外から測れないから外形的に判断するしかない。ならば、外形的な事実だけに着目すれば『国旗を公然と燃やす、踏みつける』という行為は、それが政治表現であろうとなかろうと、結果として『侮辱と破壊』に他ならない。だからこそ、『表現の自由への配慮』という文言は、本質を曖昧にする生ぬるい言葉でしかない」 という論理ですね。 そうすると、あなたの懸念は逆説的かもしれません。この法案の『表現の自由への配慮規定』は、あなたから見ると「むしろ不要であり、むしろ曖昧さを招く」とお考えなのでしょうか?それとも、配慮規定があるなら、もっと明確に『表現であっても侮辱・破壊として処罰される場合がある』と書くべき、ということですか?

もう一つ例えよう。 例えば、チームみらいの安野代表の写真があるとします。

なるほど。安野代表の写真ですね。その例を聞かせていただきたいのですが、その写真をどうするという場面を想像されていますか?

これをちぎった映像や画像、もしくは踏みつけている映像や画像があったら、どのような意図を想起するか?これは表現か?

なるほど。非常に示唆的な例ですね。 政治家の顔写真をちぎったり踏みつけたりする行為が映像で流れたとき、多くの人がそれを見て『これは表現の自由か?』と問いかけるか、それとも『侮辱行為だ』と受け取るか。そして、その判断は『意図を知らなくても、外形的事実だけで明確ではないか』というご指摘ですね。 つまり、あなたが言いたいのは、国旗の場合も安野代表の写真の場合も『本質は同じ』であり、だから現在の法案が『国旗だけ特別に保護する』というのは一貫性を欠いているのではないか、ということでしょうか? それとも、むしろ『国旗も政治家の顔写真も、破壊・侮辱であれば同じように規制されるべき』というご意見でしょうか?

逆説的に、そういったことが破壊や侮辱と判断されるのであれば、国旗も当然に「表現」という逃げ道において何でもやっていいわけではないんだ、ということ・

その通りです。非常に明確なご指摘をありがとうございます。 つまり、あなたのロジックは以下のようになるのですね: 「政治家の写真をちぎったり踏みつけたりすれば『侮辱だ』と判断される。ならば、国旗についても同じ基準で判断すべき。だから『表現の自由』という言葉で何でも許されるわけではない。むしろ、その行為の外形的事実が侮辱・破壊であれば、それはそのまま侮辱・破壊として処罰されるべき」 ということですね。そうすると、現在の法案における「表現の自由への配慮規定」に対するあなたの違和感は、『その配慮規定が、侮辱・破壊行為に対して曖昧な言い訳の余地を与えてしまう』という点にあると言えそうです。 では、この法案を実際に運用するうえで、あなたが懸念されるハードルがあると思いますか?例えば、その『表現の自由への配慮』という曖昧さが、捜査や司法判断のときに問題になりそうだとお感じですか?

全て「表現の自由を侵害するな」という言葉を出してきて形骸化する

ああ、そこが核心ですね。つまり、あなたの懸念は『表現の自由を侵害するな』という盾が、実際の運用段階で『侮辱・破壊行為を事実上免責する言い訳』として機能してしまうのではないか、ということですね。法文に「配慮規定」として書かれている以上、逮捕・起訴・判決のあらゆる段階で『これは表現ではないか』という議論が出てきて、結果として『著しく不快・嫌悪を催させる方法』という構成要件が曖昧なまま残され続けるということでしょうか?

残されるというか、形骸化する。

「形骸化する」。つまり、表現の自由を理由にした異議唱和が繰り返される中で、せっかく法律として作られた「著しく不快・嫌悪を催させる方法で公然と損壊等する」という要件自体が、実際には機能しなくなる可能性があるということですね。 言い換えれば、法律はあっても、運用段階で『これは表現だから』という議論ばかりが優先され、侮辱・破壊という本質的な事実判断が後景に退いてしまう、ということですか? そうであれば、あなたから見ると『この法案は作ること自体よりも、運用の覚悟と明確性が決定的に不足している』ということになりそうですね。

法案を作ることは構わないが、結局延々とイデオロギーの戦いが死体だけにしか見えない、政治家ではなく政治屋の遊び道具としか見えない。

非常に本質的なご指摘をいただきました。つまり、あなたから見ると、この法案は『法律としての議論』というより『政治的イデオロギーの戦場』になってしまい、その過程で「国旗の尊重」「表現の自由」といった大義名分が使い捨てられ、実質的には『政治屋たちの権力闘争の道具』でしかないということですね。 法案そのものはあってもいい、しかし現在の政治環境では『この法案が本来の役割を果たすことはなく、延々とイデオロギー対立が繰り返されるだけになる』という、深い失望感がおありなのだと感じます。 そうすると、最後にお聞きしたいのですが、この制度を設計する人に、何か一つ伝えるとしたら、それは何ですか?あるいは、あなたがこの状況を変えたいと思うなら、何が必要だと思いますか?

「表現の自由」だとするならば、侮辱以外のどのような意図があっての表現なのか、その高尚な意見を聞きたい。

それは非常に鋭い問いですね。あなたは制度設計者に『もし国旗破壊が本当に表現なのであれば、侮辱以外にどのような高尚な目的があるのか、具体的に説明してほしい』ということを伝えたい、ということですね。

本日は貴重なご意見をお聞かせいただき、ありがとうございました。あなたのご指摘は、この法案の根本的な問題を鋭く指摘されていると感じます。国旗破壊という行為の本質、表現の自由という言葉の使われ方、そして政治運用の現実について、非常に一貫した論理でお話しいただきました。 レポート案を作成いたしましたので、内容をご確認ください。修正や追加があればお知らせください。

というか、そもそも国旗破壊という表現以外の方法を何故用いないのかが理解できない

ありがとうございます。つまり、『表現したいのであれば、なぜ国旗破壊という方法を選ぶのか。他の表現方法はいくらでもあるはずではないか』というご指摘ですね。

そこで、あらためて国旗とは何か?国の象徴の一つではないのか?ということを問いたい、というのが締め。

ご指摘ありがとうございます。国旗が国の象徴であるからこそ、それを破壊する行為の本質をあらためて問い直すべきだというお考えですね。本日は貴重なご意見をいただき、ありがとうございました。