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💬インタビューレポート

中学生保護者

当事者

子どもが学校(私立中)に通う保護者。公立小では授業でiPad利用を見た経験があり、端末配布や家庭での使用管理、健康面への影響に関心が高い。

回答日2026.3.29 06:18
インタビュー分量54 分 / 3521 文字

💬主な意見

端末は配布時点で学習向けに制限設計

授業中のアプリ制限や先生の進行ページと連動など、先生の監視に頼らず端末側で使い方を設計してほしい。家庭内ルールだけでは守られにくい。

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アクセス制限+良質コンテンツ導線が必要

ネット全体へ無制限アクセスは弊害が大きい。代わりにニュース、語学、NHK教育、AIなど「見てほしい」サイト/アプリの一覧を公的に整備・更新してほしい。

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個別最適・飛び級の伸びしろと健康懸念の両立

デジタルはレベル別学習やAIでつまずき支援、飛び級的な発展も可能。一方で目・睡眠や放課後/夜の端末漬けが心配で、時間帯制限等に賛成寄り。

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🎤すべての会話ログ

こんにちは。今日は「学校においてデジタルを含む教科書を使えるようにする法律案」について、率直なお話をうかがえればと思います。 この「デジタルを含む教科書を正式な教科書として認める」法案は、あなたの生活や立場とどのように関わっていますか?

子どもが学校に通っている(保護者)

保護者の立場からのお話、ありがとうございます。 お子さんの学校では、授業でデジタル教科書(またはそれに近いもの)を使う場面はありますか?

私立の中学校だけど、あまりない気がする

私立中学で、今のところはあまり使っていない印象なのですね。 「使っているかもしれないけど、目立っては見えていない」と感じるのは、どんな場面が多いからですか?

公立小学校の時は授業参観に行くとiPadを使っていたシーンよく見たけど、そもそも子供も通っている。学校では携帯を使っているのを見たことがあるけど、基本教科書で勉強しているように感じる。そもそも全員にiPadが配られていないし、学校にパソコンを持ってくるよう指定されていない

公立小のときはiPadを授業で見かけた一方で、今の私立中は端末が全員配布でも持参指定でもなく、教科書中心に見えるのですね。 もしこの法案が進んで、デジタルを含む教科書が「正式な教科書」になった場合、今のお子さんの学校でも端末の配布や持参が進む可能性があると思いますか?

その可能性はあると思うけれども、デバイスを所有すると言う事は、その子供にそれで遊んだりしないと言うような自己コントロールが必要になるので、そこの所のせめぎ合いが難しくなるんだろうなと思う

端末を持つことで、学習に使う一方で遊びにも使えてしまうので、子どもの自己コントロールとのせめぎ合いが難しくなりそう、という感覚なのですね。 その「遊びに流れてしまう」ことが起きやすいのは、どんなタイミングだと思いますか?

本人やる気があれば問題はないと思うけど、授業中も勉強するふりをして遊ぶことができるね。けれど、先生にそこまで管理させるの大変だよね。

授業中でも「勉強しているふり」で別のことができてしまう一方、先生側に強い管理を求めるのも現実的に大変そう、ということですね。 そういう状況を想像したとき、学校側(先生や学校のルール)には、どの程度まで端末の利用を管理してほしいと感じますか?

学校が管理すると言うより与える端末に、そもそもある程度の制限をうまくかけたほうがいいと思う。例えば以前子供が小学校から渡されたタブレットは、当初はスクリーンタイムをかけられなかった。途中からかけられるようになった。初めから授業中は使えるアプリが限られてるとか、先生に管理させるんではなくて、渡す時から、デバイスの設計をよく考えた方が良い

端末を「先生が逐一管理する」のではなく、配布時点で機能制限や利用できるアプリの範囲を設計しておくのが現実的、ということですね。小学校の端末でスクリーンタイムが後から導入された経験が、その実感につながっていそうです。 その「端末側での制限」は、具体的にどんな内容だと安心感が高いですか?

例えば授業中は先生が開いてるページとリンクさせられるとかね。そういう機能があればいいんだけど、あとやっぱりそれを持った子供が自分だけの家で制限なく使ってしまうと言う時にもちろんそれで知的な方向に使う一定数いると思うけど、そうではない場合が大半だと思うので、宿題をしなきゃ見れないのか、ある種、子供の知的好奇心を刺激するようなサイトに限定するのか。ただそうすると今度は本当に知的好奇心を持った子供の成長阻害することになると思うので、本当に悩ましいところではある

授業中は先生の進行(開いているページ等)と連動できるとよい一方で、家庭に持ち帰った後の「制限しすぎると伸びる子の邪魔になる」という悩ましさもある、ということですね。 端末の制限について、今お話に出たような“強めの制限”と“成長の余地”のバランスは、どのあたりに置くのが良いと感じますか?

そもそもSNSの規制が他国では出ているあたり、既にネットの中毒性と弊害はいろんなところで認められている。デジタル教科書は、教育に特化した仕様に制限できるならそれがいいと思う。

SNSの中毒性や弊害が広く認識されている中で、デジタル教科書は「教育に特化した仕様」にきちんと制限できるなら良い、というお考えですね。 その「教育に特化した仕様」だと感じられる条件は、どんな状態だと思いますか?

むやみやたらとすべてのネット情報にアクセスできないことかな。もちろんそれの弊害は充分あると思うけれども、アクセスしまくることへの弊害の方が大きいかもしれないと言ってる。自分も悩んでるけどすごく難しい問題。

むやみにネット全体へアクセスできない状態のほうが、まずはリスクを抑えられるのでは、という感覚なのですね。悩ましさも含めてとても伝わってきます。 「ネット全体にアクセスできない」としたとき、学校の学びとして“これは例外的にアクセスできた方がいい”と思う情報やサービスは、どんなものですか?

日経新聞とか、海外のニュースサイトとか情報系のサイト、それからAI関係ChatGPTとかもろもろ語学関係のアプリNHKの教育アプリそれから例えばもうお勧めのサイトをいっぱいアクセスできるようにした。なんか一覧みたいなものを作ってはどうでしょう。学校のお勧め図書みたいに子供に見て欲しいサイトやアプリはいっぱいあるから、それを情報として提供しては?そもそもそこに接続できる良い情報を上げていけばいいんだよね。

日経や海外ニュース、語学アプリ、NHKの教育アプリ、AI(ChatGPT等)など「見てほしい良質な情報」を学校がリスト化して提示する、という発想ですね。アクセス制限をするなら、その代わりに“行き先”を用意するのが大事だということだと受け取りました。 その「学校がお勧めするサイト/アプリの一覧」は、誰が更新・管理する形だと現実的だと思いますか?

やっぱりいろいろ教育に関していろんな面白い意見を持ってる人もいるだろうし、デジタル教科書として公式に配るものなら公の期間でやるべきだと思う。ただしそれはあまり硬くなるんじゃなくて、いろいろ有識者とかの意見を取り入れつつ、ネットで頑張ってるヨビノリたくみさんとか、いろんな人の意見を取り入れて作らないともしかするとそのリンクは教科書以上に子供に影響するかもしれないからね

公的な機関が担いながらも、有識者だけでなく、実際にネット上で教育コンテンツを作っている発信者の知見も取り入れて、硬直しない形で更新していくのがよさそう、ということですね。リンク集自体が子どもに与える影響も大きい、という見立ても重要だと思います。 その「公的な機関が管理する」場合、どの機関が担うのがいちばん納得感がありますか?

文部省かなぁ。でもただ文部省よりもそこにちょっと外部組織のほんとに教育をちゃんと研究してる国内外において、いろんな情報を得て作ったほうがいいと思うよ。

文科省が軸になりつつ、外部の専門組織も入って国内外の知見を集めた形がよさそう、ということですね。 その外部組織を入れるとして、どんな立場の人たちが加わっていると信頼できると感じますか?

まぁ、さっき言ったYouTubeで教育系に特化してる人、メディア系、学校法人、海外の教育を研究してる人たち、あと現場の教師、面白そうなのは、実際今大学とかで研究職をしたりしてる人たちが何をきっかけに研究を目指したのかとか、そういう情報も入れながら、何が子供のスイッチを押すのかをよく考えながら作れる人たち

教育系YouTuberのような発信者、メディア、学校法人、海外教育の研究者、現場の教師、大学の研究者など、多様な視点を入れつつ「子どものスイッチを押すものは何か」を考えられる人たちが関わるのが大事、ということですね。 少し制度側の論点に寄せて伺いたいのですが、デジタル教科書(動画やリンク等も含む)が正式な「教科書」になるにあたって、内容のチェック(検定)はどの程度しっかりやるべきだと感じますか?

正直、今の教科書がどの程度の検定のレベルでやられてるかわからないが、教科書に関しては今までと同じでいいと思う。ただせっかくデジタルにするなら、その教科書の発展性として1本の普通の中レベルの教科書を軸にしつつも、そこに理解が難しい用の教科書へのリンクを貼ったり、もっとさらに進んで勉強したい子へのリンクを貼ったりして、そもそもの教科書自体をもっと幅のある作りにできないのかな?

教科書本文の検定は今までと同じ水準でよい一方で、デジタル化するなら「標準の教科書」を軸に、理解が難しい子向け・さらに先に進みたい子向けの導線を持たせて幅を出せるのでは、という発想ですね。 その“理解が難しい子向けのリンク”は、どんな内容(例えば解説の仕方や形式)だと学びやすいと思いますか?

ChatGPTリンクをつないで質問できるような形にするとか、あと基本的な問題をやった上での段階的に学べる教科書、ただAIと繋いであげると、その子がどこでつまずいてるかで質問できるから、そこも大事かな

つまずきに合わせて質問できる形でAI(ChatGPTのようなもの)とつなぐと、理解が難しい子の助けになりそう、ということですね。 学校の教科書としてAIと連携させる場合、回答の内容について「どこまで正確さを担保してほしい」と感じますか?

それは確実に正解であって欲しいけどね。願わくば

正確さは「確実に正解であってほしい」というのが率直なお気持ちですね。 その正確さを担保する方法として、AIの回答は「教科書に書いてある範囲だけに基づく」形が良いと感じますか?

教科書に書いてある範囲と言っても、教科書って無限に縦にも横にも広げられると思うから、非常にその言葉は曖昧ではないですか?

たしかに「教科書に書いてある範囲」という言い方自体が曖昧になりやすいですね。 では伺いたいのですが、AIの回答範囲を決めるとしたら、「この範囲までなら教科書として許容できる」と感じる境界線はどこに置くのがよいと思いますか?

間違った知識を教えると言うのは1番困るけどわからないに関して懇切丁寧に1って言う概念はどういうことか説明するところまで開けてもいいと思うし、小学生で大学数学まで理解できる子がいるならそこまで広げてもいいと思うチーム未来さんは多分飛び級教育とかにも前向きだと思うんだけど、デジタル教科書はその個人のペースで飛び級レベルのことがやろうと思えばできるはず

誤った知識は避けたい一方で、理解のための基礎説明は深く丁寧でもよく、伸びる子は大学数学のような先まで進めてもいい——デジタル教科書は個人のペースで“飛び級”も可能にできる、という見立てですね。 その「飛び級レベルまで進める導線」が教科書に入るとしたら、学校の成績評価はどう扱うのが良いと感じますか?

ここまで言う言い出すと、そもそも学年単位クラス単位で評価すると言うのは、本当はちょっと難しいなと思ってる。海外のように授業単位で評価すればいいんじゃないかなと思ってるけれども、現実的にはそこまでの変化はなかなか難しいでしょう。すごく進んでる子はもちろんそれが理解が追いついてるならちゃんと評価してあげればいいと思うよ。よくできましたでいいんじゃないでしょうかそもそも3段階しかないからね。小学校は。後は、スペシャルみたいな特別評価を設けてもモチベーションになるかもしれない。

学年・クラス単位の評価には限界があって、本来は授業(科目)単位の評価が合いそうだけれど、制度として大きな変更は現実的に難しい、という感覚なのですね。その中でも、進んで学べる子はきちんと称える仕組み(特別評価など)があると良さそう、ということも理解しました。 この法案の範囲に近いところで伺いたいのですが、デジタル教科書が正式な教科書になって無償配布の対象になるとき、家庭の端末(持っている・いない)による不公平感はどの程度気になりますか?

私は東京都に住んでいるので、全部の子供にiPadが配られたので、そのシステムを継続すれば良いのではないかと思っていました

東京都では全員にiPadが配られていた経験から、その仕組みを継続すればよいのでは、という感覚なのですね。 その「全員に配る」方式を続けるとしたとき、保護者としていちばん心配になる点はどこですか?

もうやっぱり両親とも働きが多い中で、子供が1人でパソコン漬けになる。それが最大の問題だと思う。

共働きの家庭が多い中で、子どもが一人で端末漬けになってしまうのが最大の心配、ということですね。 その「端末漬け」が特に起きやすいのは、平日のどの時間帯だと感じますか?

放課後じゃない。子供たち遊ぶときにiPad持ってるよ。縄跳びしながら。

放課後に、遊ぶときにもiPadを持っていて、縄跳びしながらでも触っている光景があるのですね。かなり生活の中に入り込んでいる感じがします。 その放課後の場面で、iPadでは主に何をしていることが多いですか?

それはネット検索したりすればね。いくらでもね。面白い動画や何でも見れますから見てるんじゃないでしょうか

放課後に、検索や動画などでいくらでも見られてしまう、というイメージなのですね。 もし学校から配る端末で「動画サイト等は放課後は使えない」ようにするとしたら、保護者としては賛成に近いですか?

そうだね。基本的にどちらかと言えば賛成ですね。もちろんプログラミングに興味を持ったり、そういう子供も一定数はいるんですが、そうではない子の方が大多数なので、基本はセーブしてでもその興味のある子たちが、じゃあ今度プログラミングとかをどこでどうやるのか。そういう子たちは自由にやらせたほうが伸びると言うこともわかっているので、そこが悩ましい

放課後の動画などは基本セーブしたい一方で、プログラミングなど強い興味を持つ子の芽は伸ばしたい、という悩ましさですね。 その「興味がある子には自由にやらせたい」を制度として両立させるなら、どんな仕組み(例:申請制、保護者同意、学習目的の条件付き等)が現実的だと感じますか?

申請制度で、保護者の同意があれば、できるっていうのはとてもいいかもしれない

申請制で、保護者の同意があれば広く使えるようにする——その形は現実的で納得感も出そうですね。 その申請を通す条件として、「どんな内容なら学習目的として認めてよい」と感じますか?

プログラミングとか語学学習とか、そのそもそもそこに制限をつける。これじゃなきゃダメと決めてしまう事はすごくつまらないなと思っています。だから本人と保護者が了承してればいいのかなと思うけど、ただそれは一度申請したら終わりじゃなくて半年ごとに再申請がいるとかある程度しないとだめかなと思います。

プログラミングや語学のような分かりやすい学習もあるけれど、「これだけ」と固定するのはつまらない。一方で、本人と保護者の了承で認めるなら、半年ごとの再申請のような見直しも必要そう、ということですね。 その「半年ごとの再申請」で見直すとき、どんな状態になっていたら“継続OK”だと判断しやすいですか?

1番いいのは成果が出てることだけど、それもちょっと厳しすぎる感じがするのでなんだろうね。その子の使用状況とかを判定できれば1番いいんだろうけどね。

成果だけで判断するのは厳しすぎる一方で、使用状況が見られると判断しやすい、ということですね。 その「使用状況」を見るとしたら、どんな指標(例:利用時間、アクセス先の種類、学習アプリの利用比率など)がいちばん納得感があると思いますか?

アクセス先の種類、学習アプリの利用比率とかかなぁ利用時間とただ自分で言っておきながら、そこまで個人のネット使用状況管理するのはいかがかなと言う疑問もあります

アクセス先の種類や学習アプリの利用比率は判断材料になりそうだけれど、そこまで個人の利用状況を管理すること自体に抵抗感もある、ということですね。 その「個人の利用状況をどこまで学校や公的側が見てよいか」について、保護者として許容できるのはどのあたりまでだと感じますか?

いや、見てくれるならね。ありがたいですけどね。保護者としては

保護者としては、見てくれるならありがたい、という感覚なのですね。 学校や自治体が利用状況を見るとして、保護者にも同じ情報を共有してほしいと思いますか?

どこまで子供のプライバシーを考えるかって言うことですよね。保護者にも別に伝えてもいいんじゃないですか?子供プライバシーを探ると言う観点ではなく、興味がどこにあるのかを知るのは悪くないことだと思うけど。

子どものプライバシーに配慮しつつも、保護者に共有されるのは構わないし、むしろ興味関心を知る手がかりになる、というお考えですね。 保護者に共有する内容は、「閲覧した個別のページ名」まで出すのと、「学習/娯楽の割合」みたいな集計だけにするのとでは、どちらの形がより良いと感じますか?

カテゴリ別の集計だけ共有

カテゴリ別の集計だけ共有、がちょうど良い感覚なのですね。 その集計を受け取る頻度は、どれくらい(毎週/毎月/学期ごと など)が負担なく見られそうですか?

毎月

毎月くらいが負担なく見られそう、ということですね。 次に伺いたいのですが、デジタル教科書を使うことについて、どの程度ご存知ですか?

ある程度知っている

ありがとうございます。 紙とデジタルを比べたとき、学びやすさはどう変わると思いますか?

デジタルの方がその子のレベルに合わせた教育とかができるなら、デジタルの方が学びやすいと思うけど、実際過去にわからなかったところを見たりとかあそこなんだっけって思い出したりするのって紙の方が便利なんだよね。あと目の負担感という意味では、紙の方がやっぱり楽。

デジタルは個別最適(レベルに合わせた学び)ができるなら学びやすい一方で、後から見返す便利さや目の負担の少なさは紙が強い、という感覚なのですね。 では、デジタル教科書を使うことについて、いちばん気になる懸念や課題は何ですか?

健康面(目・姿勢・睡眠など)

ありがとうございます。健康面、とくに目・姿勢・睡眠への影響が気になるのですね。 その健康面の懸念は、目・姿勢・睡眠のうち、どれがいちばん強いですか?

目と睡眠

目と睡眠が特に気になるのですね。 デジタル教科書が正式に広がった場合、睡眠への影響が出やすいのはどんな使われ方だと感じますか?

やっぱりパソコンとか夜中まで見てるからね。子供たちは

夜中まで見てしまうことが、睡眠への影響として一番起きやすいイメージなのですね。 もし学校が配る端末で「夜は自動で学習用途以外が使えない」ようにする仕組みが入ったら、賛成に近いですか?

賛成に近い

夜間は学習用途以外が使えない仕組みには賛成に近い、ということですね。 ここから学校現場の運用の話に移りたいのですが、デジタル教科書を正式に扱うようになったとき、運用面でハードルになりそうなのは何だと思いますか?

学校のルール作り

学校のルール作りがハードルになりそう、ということですね。 その「ルール作り」で、特に難しくなりそうだと感じるのはどのあたりですか?

まぁ学校だけでなく、家庭内でもルールは作ってもなかなか守られないものなので、ある程度そのパソコン自体を学習に最適化した形で設計しないとダメだと思います。その使用制限も時間的にもアクセス先的にも

家庭内でもルールは守られにくいので、学校のルールだけでは限界があって、端末自体を学習向けに最適化(時間やアクセス先の制限)する設計が必要、ということですね。 では最後に、制度設計をする人に向けて伺います。 デジタル教科書に関して、制度設計をする人に何か一つ伝えることがあるとしたらそれは何ですか?

子供の可能性を伸ばすものであって欲しい。逆にその教科書が安易にデジタルになることで、子供たちの人生を侵食する可能性もあるから、そこのバランスがすごく大事だと思います。

お話ありがとうございます。 デジタル教科書が「子どもの可能性を伸ばす」一方で、安易にデジタル化すると生活や人生を侵食し得る——そのバランスが本質的に大事、という問題意識だと受け取りました。 ここまでで一通り伺えましたので、これまでの内容をまとめ、レポートを作成します。

本日はお時間をいただき、ありがとうございました。ここまでの内容をもとにレポート案をまとめました。ご確認いただき、ニュアンスの違いや追記したい点があれば教えてください。