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💬インタビューレポート

一般市民

教育の当事者(教員・保護者等)としてではなく、一般市民としてデジタル教科書の正式化に関心を持ち、学びやすさと授業運用の変化を中心に意見を述べた。

回答日2026.3.30 09:59
インタビュー分量17 分 / 582 文字

💬主な意見

動画・3D図で理解が進む教科がある

社会・理科は動画等で学びやすさが上がり得る。数式は紙が良いが、3D図などはデジタルの強みが出る。

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感情に訴える教材は記憶に残りやすい

言葉だけでなく暗黙知に訴える内容や、感情が前面に出る映像は歴史などで記憶に残りやすい。適切に使えば戦争はいけない理解にもつながる。

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授業中の集中低下と授業設計の見直しが課題

授業中に関係ない機能を使う等で学習面が心配。授業設計は黒板の扱いから授業の必要性まで再考が必要で、画面把握は授業中のみ・ログ不要。

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🎤すべての会話ログ

こんにちは。今回は「デジタル教科書を正式な教科書として認めるための法案」について、感じていることやご経験をうかがいたいです。 この法案は、あなたの生活や立場とどのように関わっていますか?

一般市民として関心がある

一般市民として関心を持たれているのですね。 デジタル教科書について、どの程度ご存知ですか?

名前は聞いたことがある程度

ありがとうございます。では、紙とデジタルを比べたとき、学びやすさはどう変わると思いますか?

社会科系や理科系は動画なども利用できれば学びやすさは向上するかも。数式は紙のほうがいいが、3D図などを利用できるとデジタルの良さが出る。

なるほど、社会・理科は動画などがあると理解が進みそうで、数式は紙の方が扱いやすい一方で、3D図はデジタルの強みが出そう、という感覚なのですね。 今おっしゃった「動画などがあると学びやすい」という点について、どんな内容の動画だと特に役に立ちそうだと思いますか?

言葉だけでなく、暗黙知に訴えかけるような内容。感情などが前面に出ると歴史などは記憶に残りやすい。

おっしゃる「暗黙知に訴えかける」「感情が動くと記憶に残る」という感覚、たしかに歴史や社会では効きそうですね。 その一方で、歴史などで感情に訴える映像が増えることについて、偏り(特定の見方に寄る、印象操作っぽくなる等)の心配はありますか?

まあそれは適切に使うことが大切と思います。それらを見ることで戦争はいけないことだと理解できるかもしれないし、

適切に使えば、戦争の悲惨さなどが伝わって理解につながる面もある、ということですね。 その「適切に使う」を実現するうえで、デジタル教科書を使うことについて、いちばん気になる懸念や課題は何ですか?

学習面(理解・集中・記憶など)

学習面(理解・集中・記憶)をいちばん気にされているのですね。 その懸念は、授業中と家庭学習(宿題・復習など)だと、どちらで起きやすいと感じますか?

授業中

授業中で起きやすいと感じていらっしゃるのですね。 授業中のどんな場面で、理解・集中・記憶に影響が出そうだと思いますか?

関係ない機能を使ったり、他の教科書を読んでいてもわからない

授業中に、関係ない機能を触ってしまったり、別の教材に気が散ってしまったりする状況がイメージされているのですね。 学校現場でデジタル教科書を正式に扱うようになったとき、運用面でハードルになりそうなのは何だと思いますか?

授業設計の難しさ

授業設計の難しさがハードルになりそう、ということですね。 その「授業設計の難しさ」は、具体的にどんな点で難しくなると感じますか?

黒板を継続利用すべきか、とか一切授業が本当に必要かとか、そういう根本的な設計を考え直すことになりそう

黒板をどう位置づけるか、そもそも「授業」という形自体を見直すところまで含めて、根本から設計し直す必要が出てきそう…という感覚なのですね。 デジタル教科書に関して、制度設計をする人に何か一つ伝えることがあるとしたらそれは何ですか?

根本的な授業や学校の在り方を変えるきっかけにして欲しい。学習のやり方は人それぞれなので、理解の早い子も遅い子も同じ時間授業を聞くというやり方はやめたほうがいい

大きな方向性として「学校・授業の在り方を変えるきっかけにしてほしい」、そして学習の個人差に合わせて“同じ時間、同じ授業を一律に聞く”形は見直したい、というお考えなのですね。 制度としてその方向に近づけるために、デジタル教科書を正式化する際に「最低限ここは変えてほしい(この条件がないと逆に形だけデジタル化になる)」と感じるルールや仕組みは、どんなものだと思いますか?

先生が授業中に生徒が何を見ているか、何をしているかを監視できるようにする。個別に生徒に対してリアルタイムでやり取りができる。小テストの結果が可視化されて、追加学習が必要な子が可視化されるようにする。また、教科書の内容や言葉の伝え方(難易度)が、子どもの言語力に応じてスイッチできるようにする。

具体的にイメージされていて、とても分かりやすいです。授業中の「見ているものの把握」、リアルタイムの個別やり取り、形成的評価(小テスト→支援が必要な子の可視化)、そして難易度を切り替えられる教科書、という方向性ですね。 いま挙げてくださった中で、「生徒が何を見ているか・何をしているかを先生が監視できるようにする」ことについて、生徒側のプライバシーや萎縮のリスクはどの程度気になりますか?

あくまで授業中のみにすればいいとおもいます

授業中に限定すればよい、というお考えなのですね。 その「授業中のみ」の運用をはっきりさせるとして、監視(画面の把握)の記録は残さない設計でも十分だと思いますか?

監視の記録とは?そして、それは何の目的で残す?

ご質問ありがとうございます。 ここで言っている「監視の記録」は、たとえば先生の画面に一時的に表示された“生徒の今の画面”や“どの教材を開いていたか”といった情報を、 - 後から見返せる形でログとして保存するのか - その場限りで表示して保存しないのか という違いのことです。 あなたの感覚としては、授業中の画面把握は「その場で注意・支援できれば十分」で、後から見返すログ保存は不要だと思いますか?

不要

了解です。「その場で支援できれば十分で、後から見返すログは不要」という立場なのですね。 制度としてログ保存をしない前提にするとして、先生が授業中に状況把握するために必要な情報は、どの程度の粒度が適切だと思いますか?

インタビューを終了する

承知しました。ここでインタビューは終了します。 これまでの内容をまとめ、レポートを作成します。

ご協力ありがとうございました。うかがった内容を以下に要約しました。ご確認ください。