💬インタビューレポート
一般市民
一般市民として、次世代の子どもたちの学び方の変化に関心がある。過去にハングル書き取り教材を作った経験から、手を動かす学習の効果も重視している。
💬主な意見
端末の全国公平と翌日代替・補償ルール整備
“自治体差で端末品質が落ちないよう機種を揃え、故障時は翌日までに代替機を貸与。授業中の落下等は無償寄り、家庭の水没は自己負担など客観基準を周知。
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こんにちは。本日は「学校においてデジタルを含む教科書を使えるようにする法律案」について、感じていることや影響を伺うインタビューです。 この「デジタルを含む教科書を正式な教科書として認める」法案は、あなたの生活や立場とどのように関わっていますか?
一般市民として関心がある
ありがとうございます。一般市民として見たとき、この法案について「自分の生活に影響しそうだ」と感じるのは、どんな点でしょうか?
自分の生活に即影響することはなさそうですが、次の世代の子どもたちがどのように教育を受けて育っていくのかに関心があります。
なるほど、直接の影響というより「次の世代の学びの形」への関心なのですね。 その観点で、デジタルを含む教科書が進むことで、子どもたちの学びに起きそうだと感じる変化はどんなものですか?
映像や音声を使えるようになることや、まるでゲームのように学習を進められるようになることで、授業に関心を持つ子どもが増えるのではないかと期待しています。
期待されている点が「関心を持つ子が増えそう」というところなのですね。 その「ゲームのように学習を進められる」ことで、子どもたちの学びにどんな良い変化が起きそうだと感じますか?
教科書を見て勉強をしよう、授業を受けようという気分になる心のハードルが下がると思います。取り掛かりが良くなるのではないか、という印象です。
たしかに、最初の「とっつきにくさ」が下がる、という見立てですね。 その「取り掛かりが良くなる」効果は、どんな子どもに特に効きそうだと感じますか?
読書も、最初は嫌がっていた子どもがちょっと頑張って読み始めると物語に引き込まれることが多いように、最初だけつまずいて、本当は理解力も考える力もあるはずなのに始められない子ども。 そんな子供に、特に効くと思います。
お話、とても伝わってきました。「最初の一歩」でつまずいてしまう子にとって、入口がなだらかになるのは大きい、ということですね。 では逆に、デジタルを含む教科書が進むことで、少し心配だと感じる点はありますか?
自分はハングルの書き取りの教材を作っていたこともあるので、やはり手を動かすことでそれが脳に書き込まれていく、あるいは後で見返したときに自分が勉強したことを思い出すといった、手先を動かして脳を刺激していく学習が若干弱くなるのではないかという心配があります。
教材を作られていたご経験があると、身体感覚として「手で書くこと」の効き目を強く実感されているのですね。とても重要な観点だと思います。 その懸念(手を動かす学習が弱くなること)は、教科でいうと特にどのあたりで起きやすいと感じますか?
特に国語の漢字の書き取りが心配です。 現在は大人になってから手書きをする機会は少なく、キーボードやスマートフォンで漢字を変換することが多いだけに、子供の時代に実際に手を動かしてひらがな、カタカナ、漢字をきれいに書く練習をしていくことは、とても大事だと思います。現状の技術では、タブレットの画面上で書き取りをしたとしても、鉛筆と紙による書き取りの学習効果にはまだまだかなわないと思います。
漢字はまさに「変換で済んでしまう時代」だからこそ、子どものうちに手書きの土台を作っておきたい、ということですね。 その心配が現実に起きるとすると、学校の授業の中でどういう形で起きそうだと感じますか?
文字を書いたという記憶があまり残らず、授業ではよく勉強したように感じても、後から振り返ることもなくなって、漢字の記憶への定着率が悪くなるのではないかという心配です。
懸念として「書いた記憶が残りにくくなって定着が弱まるのでは」というところなのですね。 この法案では「紙をなくす」のではなく、紙もデジタルも含めて正式な教科書として扱えるようにする方向ですが、国語(漢字)については、学校での扱いとして紙とデジタルはどんな配分・使い分けが望ましいと思いますか?
例えば小説や随筆、物語を読ませる読解力の授業では、デジタルを駆使して文字を読ませたり、音で聞かせたり、時には映像で文章の内容を分かりやすく表現して理解力を助けたりといったデジタルの活用が考えられると思います。 一方で、文字の書き取りや自分での作文、自分から何かを作り出すという内容については、特に小学生においては、紙と鉛筆をこれからも活用した方がいいのではないかと考えます。
とても納得感のある使い分けですね。読む・理解を助ける場面はデジタル、書く・生み出す場面は紙と鉛筆、という整理だと受け取りました。 その「書き取りや作文は紙を活用した方がよい」という考えを、制度として担保するとしたら、どんな形が現実的だと思いますか?
一方で、これは100%国から強制するものではないと考えます。 そのため、教育指導要領などに書き取りや作文については、「紙と鉛筆による指導が望ましい」と記述するにとどめる程度で良いと思います。
無理に国が一律で縛るより、指導要領などで「望ましい」と示す程度が現実的、というお考えなのですね。 その場合、学校や自治体によってデジタル活用の濃淡が出る可能性もありますが、「これは最低限そろっていてほしい」と感じる条件はありますか?
読解などの教科書は、国としてデジタルを活用する方向で、タブレットなど端末の支給を保証するといった条件が必要だと思います。一方で、紙と鉛筆による指導を仮に強制してしまうと、特に地方の規模の小さな学校で教員の負担が増えてしまうことも考えられます。 そのため、紙と鉛筆の活用については、最終的には現場に任せるといった方向でもよいのではないかと思います。
端末の支給のような「最低限の土台」は国として保証してほしい一方、紙と鉛筆の運用は現場の負担も踏まえて任せたい、というバランス感覚なのですね。 では、国が端末支給などを保証してデジタル教科書が無償給与の対象になっていくときに、「公平性」の観点で特に気になりそうなのはどのあたりですか?
デジタル教科書の端末は、できる限り全国で公平に機種を揃えていった方がいいと思います。 自治体の裁量に任せると、自治体の経済力によって極端に安い端末が選択されて、学習の障害になることも考えられます。
端末の“機種差”が学習環境の差につながりうる、という懸念ですね。 その「極端に安い端末が学習の障害になる」というのは、具体的には端末のどんな点(例:動作の遅さ、画面の見やすさ、ペンの書き心地、故障の多さ等)が問題になりそうだと感じますか?
子どもたちは端末を大人が考える以上に乱雑に扱いますから、特に故障の多さや耐久性という点が問題になると考えます。
耐久性の問題は現場感がありますね。故障が増えると授業が止まったり、代替手段の用意が必要になったりして、子どもにも先生にも負担が出そうです。 端末が故障して使えない期間が出た場合、授業や家庭学習はどうフォローできる状態になっているのが望ましいと思いますか?
速やかに代替機種を貸与できるような体制作り、制度作りが必要だと思います。
代替機をすぐ貸与できる体制が必要、ということですね。 その「速やかに」というのは、体感としてどのくらいの期間内(例えば当日〜数日、1週間程度など)を想定されていますか?
翌日までには用意できるというのが望ましいです。 1週間では、子どもは学習に遅れてしまいます。
翌日までに代替機、という水準感なのですね。学習の遅れを最小化するには重要だと思います。 翌日までに用意する体制を前提にすると、代替機は「学校に常備しておく」形が現実的だと思いますか?
できる限り学校に常備しておくことが望ましいと考えますが、全国すべてというわけにはいかないかもしれないので、その場合には役所に常備しておくという形でも良いと思います。
常備場所を学校か役所か、現実性も踏まえて考えておられるのですね。 役所に常備する形にした場合、貸し出しの手続きはどのくらい簡単であるべきだと思いますか?
スマートフォンで簡単に貸出の申請が完結すると良いと思います。 ただし、この手続きを各家庭に任せると、なかなかちゃんとできない家庭もあると思います。そのため、学校の先生に「壊れた」と伝えると、学校の教員の方で速やかにスマートフォンやパソコンから申請でき、翌日には届く、もしくは取りに行けるような体制が良いと思います。
申請は簡単にしつつ、家庭任せにせず学校側で手続きできる体制が良い、ということですね。 その場合、代替機の申請や受け取り対応が増えることで、学校の先生の負担が重くなる懸念もありそうですが、先生側の負担はどの程度までなら許容できそうだと感じますか?
取りに行く必要がある場合には、実際に取りに行くのは生徒、もしくはその家族にするのが現実的ではないでしょうか。学校の先生には、申請および返却の手続きを端末上で行っていただくという形でお任せするのはどうでしょうか。
先生の負担は「申請・返却の手続きまで」に抑えて、受け取り自体は生徒や家庭が担うのが現実的、という整理ですね。 その運用にするとして、家庭が受け取りに行くのが難しいケース(共働きで時間がない等)が出たときは、どんな救済策があると公平だと思いますか?
宅配便による郵送も申請できるようにすると良いと思います。 無償が望ましいですが、難しい場合には、通常の宅配便よりも安価で、少ない負担で送ってもらえるような体制ができると良いと思います。
受け取りが難しい家庭には、郵送という選択肢を制度として用意しておくのが公平、ということですね。 その郵送を有料にせざるを得ない場合、家庭の負担はどの程度までなら現実的だと感じますか?
300円程度、500円以下ぐらいという感覚です。
具体的な金額感までありがとうございます。負担が500円を超えると、ためらう家庭が増えそうという感覚でしょうか。 この法案に関連して、デジタルを含む教科書が無償給与の対象になるとき、いま話題に出た「代替機の郵送費」も含めて、公費でどこまで面倒を見るのが妥当だと思いますか?
基本的な自然故障までは面倒を見るべきだと思いますが、故意に壊してしまった場合は、ある程度の自己負担で良いと思います。 代替機器については、学校で受け取ったり役所に取りに行ったりすることを原則として、郵送の場合は安価な負担を前提とする形でいいと思います。
自然故障は公費で、故意の破損は一定の自己負担、という線引きですね。現実的なバランスだと感じました。 その「故意に壊してしまった場合」の自己負担は、どんな基準で判断できるのが望ましいと思いますか?
水没や落下等による破損を一つの基準にすると良いのではないでしょうか?
水没や落下のような“扱い方由来”の破損を基準にする、ということですね。 その基準を運用するうえで、学校側が「故意/過失(扱い方)」と「自然故障」を判断するとき、どんな確認方法なら納得感が出そうだと思いますか?
「故意か、そうでないか」を基準にすると必ずトラブルになります。 そのため、以下の内容など客観的な基準を、あらかじめパンフレットのような形で周知しておくのが望ましいと思います: 1. 壊れ方 2. 割れ方 3. 水没マークのサインの出方
おっしゃる通りで、「故意かどうか」だと揉めやすいので、壊れ方などの客観基準を事前に周知する、というのは納得感につながりそうですね。 その客観基準の運用で、子どもや保護者がいちばん不満を感じやすいのは、どんなケースだと思いますか?
壊れ方や割れ方の基準を、大人の一般ユーザーの故障基準と同じにすると不満を感じやすいと思います。 子供の扱い方の特徴に即した、つまり通常よりやや緩い基準にするのが良いと思います。
子どもの実態に合わせて、一般の大人向けの基準より少し緩めにする、というのは現場のトラブルを減らす発想ですね。 その「子ども向けにやや緩い基準」にするとしたら、どんな故障・破損は“無償(公費)側”に含めるのが妥当だと思いますか?
授業中に教師がいる環境で起きた落下や破損は、原則として無償側に含めるのが妥当だと思います。また、家庭などで使っている場合においても、例えばコネクタの接触不良などが子どもの扱い方によって自然に起きてしまうことが多いので、無償側が良いと思います。
授業中の事故は原則無償、家庭での使用でも接触不良のように起こりがちなものは無償、という線引きですね。現実の運用をよく想像されていると感じます。 では最後に確認なのですが、家庭で起きた「水没」については、無償と自己負担のどちらに寄せるのが妥当だと思いますか?
家庭で起きた水没については、原則として自己負担側に振って良いと思います。家電製品は濡らすと壊れるというのが一般常識に近いものですし、子どもや家庭にもその点を学習してもらうべきだと思います。
家庭での水没は原則自己負担、という整理なのですね。一般常識としての注意喚起にもなる、という考え方もよく分かりました。 ここまでのお話を踏まえて伺います。デジタル教科書について、どの程度ご存知ですか?
名前は聞いたことがある程度
ありがとうございます。いまのご認識(「名前は聞いたことがある程度」)を前提に伺いますね。 紙とデジタルを比べたとき、学びやすさはどう変わると思いますか?
デジタルの方が学びやすい
ありがとうございます。 デジタル教科書を使うことについて、いちばん気になる懸念や課題は何ですか?
学習面(理解・集中・記憶など)
ありがとうございます。学習面の中でも、特に「記憶の定着」「集中」「理解」のどれがいちばん心配に近いですか?
記憶の定着
記憶の定着がいちばん心配なのですね。 その「定着が弱くなりそう」と感じるのは、授業の中でどんな学習の場面(読む・解く・書く・復習など)でしょうか?
書く です
書く場面での定着が心配、ということですね。 その「書く」がデジタル中心になると、具体的にはどんな変化(例:手を動かす量が減る、字形を意識しなくなる等)が起きそうだと感じますか?
書いている、何かを生み出しているという感覚が減って、字形を意識しなくなることが起きるのではないかと思います。
なるほど、「書いている/生み出している」という実感が薄れて、字形への意識が弱まるのでは、という懸念なのですね。 その変化が起きるとしたら、学習の成果としてはどんな形で表れそうだと感じますか?
漢字の記憶力、漢字の認識率が下がると思います。
ご懸念は、デジタル中心で「書いている実感」や字形の意識が薄れることで、漢字の記憶や認識が弱まるかもしれない、という点なのですね。 学校現場でデジタル教科書を正式に扱うようになったとき、運用面でハードルになりそうなのは何だと思いますか?
端末・通信トラブル対応
ありがとうございます。まさに授業が止まりかねない部分ですね。 端末・通信トラブルが起きたとき、学校側はどんな対応まで求められるのが現実的だと思いますか?
次の質問に進む
承知しました。では最後の質問に移ります。 デジタル教科書に関して、制度設計をする人に何か一つ伝えることがあるとしたらそれは何ですか?
「見る」「読む」「聞く」は、デジタル教科書の利点を活かせると思います。 それに対して「書く」という点がデジタルで適切かどうかという点は、よく検討してほしいと思います。
ありがとうございます。お考えがとても明確でした。 ここまで伺った内容をこちらで整理してレポートにまとめますので、要約フェーズに移ってもよいでしょうか。
お時間を割いてお話しいただき、ありがとうございました。伺った内容をもとにレポート案を作成しました。内容に誤りや抜けがないか、ご確認ください。