💬インタビューレポート
保護者
フリースクールと学校を併用して通う子どもの保護者。学校では現状デジタル教科書の利用はないが、合理的配慮や学び方の選択肢を早期に提示できる環境整備に関心がある。つくば市内の学校で校長と相談し、校内に「りんごの棚」を作る動きにも関わっている。
💬主な意見
配慮のばらつきを減らすためツール整備を
“先生のリソースや理解には差があり、義務化だけでは難しい。紙での調整は手間なので、行間・フォント調整等を含むデジタルの選択肢があると負担が減る。
🎤すべての会話ログ
本日は「デジタル教科書を正式に教科書として認めるための法案」について、感じていることやご経験を伺えればと思います。答えに正解・不正解はありませんので、話しやすい範囲で大丈夫です。 この法案は、あなたの生活や立場とどのように関わっていますか?
その他
「その他」なのですね。差し支えない範囲で大丈夫なので、あなたにとってはどんな立場・状況としてこの法案が関わってきそうでしょうか?
フリースクールと学校を併用しているこの親
フリースクールと学校を併用されている保護者の立場なのですね。お子さんが学校側でデジタル教科書(学習者用デジタル教科書)を使う場面は、現状どのくらいありますか?
なし
今は学校側でデジタル教科書を使う場面はないのですね。では、もし学校でデジタル教科書が正式に使えるようになった場合、お子さんにとって「使ってみたい」と感じそうですか?
使ってみたいと思いそう
使ってみたいと思われそうなのですね。お子さんが「使ってみたい」と感じるのは、デジタル教科書のどんな点が魅力になりそうですか?
読み書きに負担を感じやすい子どもの中には、 文字としては読めていても、強い疲労を伴っている場合があります。 しかし学校では、「まずは読めること」が前提になりやすく、 困難さがあっても、読めていれば大きな問題として捉えられにくい現状があるように感じます。 そのような環境の中で育つと、子ども自身も 「みんなと同じやり方で学ぶこと」が当たり前になり、 学年が上がるにつれて、異なる学び方を選ぶことに抵抗を感じやすくなります。 本来は必要な支援であっても、 高学年から音声教材などを取り入れることが難しくなる場面もあります。 一方で、我が子は学校から少し離れた期間を経て、 自分に合った方法を選ぶことへの抵抗がやわらぎ、 さまざまな教材や教具に自然と手を伸ばせるようになりました。 この経験から、 もし低学年の段階から学び方の選択肢が当たり前に提示されていれば、 子どもが強い負担を感じ続けたり、 苦しさを抱えたまま過ごす時間を減らせた可能性があると感じています。 早い段階から、子ども一人ひとりに合った学び方が尊重される環境が整うことの大切さを、強く感じています。 早期に選択肢があれば、子どもたちもチャレンジして、自分に合った
とても大事なお話ですね。「読めてはいるけれど、強い疲労が出ている」ような負担は周りから見えにくくて、本人も“みんなと同じやり方”に合わせ続けてしまう、という感覚は理解できます。 デジタル教科書が早い段階から選択肢としてあることで、具体的にどんな機能(たとえば読み上げ、文字サイズ変更、色や背景の調整など)があると、お子さんの負担が減りそうだと感じますか?
そう思います。うちの子はデジタルよりも実態物で学ぶ方が合っているようではありますが、行間の幅やフォントによって読みにくさを感じるようです。その場合、学校側で紙教材で調整するのには時間がかかります。先生とっても子供にとっても負担がない配慮をするためには、デジタルで使える選択肢は必須だと考えます
実態物のほうが合っている一方で、行間やフォントの調整が必要になる場面があるのですね。紙でその調整をするのは先生側の手間も大きくて、結果的に配慮が後回しになりやすい、という点はとても現実的だと思いました。 もしデジタル教科書が「正式な教科書」として整備されることで、学校側にいちばん期待したい変化はどんなことですか?
合理的配慮を大人の都合によって後回しにしないことだと思います。先生も人間で、それぞれ対応できるキャバが異なる事を感じてきました。先生個人の努力で配慮にばらつきが出ないよう、デジタルもある事が必要だし、デジタルの使い方を、きちんと教えられる人も必要だと思います。構造があっても、子どもの様子をきちんと観察できる人グレーな子にも必要だと感じた時は選択肢を早期に渡せる環境ができる事を願います。 グレーな子ほど、支援が遅れて、高学年に近づいてきた時に心を壊す傾向にあるように感じてきました
お話を聞いて、「合理的配慮が先生個人の頑張りに依存してしまう」ことへの切実さを強く感じました。グレーゾーンの子ほど気づかれにくく、支援が遅れて負担が積み重なる、というご実感も重いポイントですね。 そこで伺いたいのですが、学校側で配慮が後回しになってしまうのは、どんな場面で起きやすいと感じますか?
学校側にリソースがなかったり、先生自身に知識がないときだと感じます。とはいえ、先生達も仕事をしながら知識を得る事は大変だと感じますし、自身の人生経験から、すんなりと読み書きに困難さを持つ子を理解できない状況にある人もいます。理解するというのは正直簡単な事ではありません。頭で理解したくても理解できないひともいますし、そもそも理解できない人もいます。義務化したところで難しいという事が多々あるのは、どうしても仕方がない事なのだと思います。その上で支援できるように、すでにツールを選べるような環境整備はしていただきたいです。
現場のリソース不足や知識不足がある中で、「理解」自体を先生個人に求めすぎるのは現実的に難しい、その前提で“ツールを選べる環境”を整えてほしい、ということなのですね。 この法案でデジタル教科書が正式な教科書になったとき、学校に最低限「ここまでは用意してほしい」と感じる環境整備は、どんなものですか?
音声教材、リーディングルーラー、書きを学ぶドリルでも、リヴォルヴ学校教育研究所の教材のようなものや、算数でも概念が学べるぱずルートの教材など。教育機関でも、色々な学び方を提案していたりするけれど、先生達はその資料の存在すら知らないこともおおい。であれば、わかりやすく学べるものが校内に必ず置いてあって、先生達も手に取れる環境を整備してほしい。欲を言えば、保護者もそういった教材に触れられて学べる環境を整備してほしい
具体的な教材やツールのイメージまで挙げてくださって、とても解像度が高いです。「存在を知らないと選べない」というのも、まさに整備の論点だと感じました。 学校にそれらが“置いてある”だけでなく、実際に先生が手に取って使えるようにするうえで、いちばんネックになりそうなのは何だと思いますか?
存在を知る機会がそもそもない。職員室や会議で使う部屋などに置いておいて、会議の前の空き時間に目に触れるようにするとか。
「そもそも存在を知る機会がない」というところがネックなのですね。会議前の空き時間に目に触れる配置、というのは現場感があって効きそうだと感じました。 デジタル教科書を正式に扱うようになったとき、先生が“存在を知る機会”をつくる役割は、学校の中では誰が担うのが現実的だと思いますか?
私はいま、つくば市内の学校で校長先生と話し合い、校内にりんごの棚作りをしようと動き出しました。 りんごの棚の活動をされている団体やカラフルバードなどに相談すると必要な教材情報は聞けると思いますし、 それ以上に地域の詳しい保護者と学校で共同して作るといった、地域を巻き込むやり方が、先生と保護者の連携を生み出し、理解を深めていく事になると考えます。
つくば市内で校長先生と話し合って「りんごの棚」を校内につくろうと動かれているのですね。学校と地域の保護者が共同して整える形にすると、情報も集まりやすいし、連携や理解も育つという見立て、とても具体的で説得力があります。 この法案でデジタル教科書が正式化された場合に、いま進めている「りんごの棚」のような取り組みは、進めやすくなると感じますか?
国が推進してくれる事はきっかけになると思います。ただ、今色々と構造はあっても形になっていかないような事はおおく、ボトムアップ活動が必要だと感じます。各地域の活動家と共同して動かせると良いなと
国の推進はきっかけにはなる一方で、形にするにはボトムアップの動きが欠かせない、という実感なのですね。 地域の活動家と共同して動かすとして、学校側の「どんな人」が協力者(キーパーソン)になってくれると、取り組みが前に進みやすいと感じますか?
実際に子どもが読み書きに困っている保護者の中で、知識があり学校と共同していきたいという人
当事者の保護者で、知識があって学校と一緒に動ける方がキーパーソンになりやすい、ということですね。 そのキーパーソンになり得る保護者の存在を、学校が早い段階で把握するには、どんな“入口”(声を上げやすい仕組み)があるとよいと思いますか?
地域の親の会の代表なんかだと、活動してくれるのではないかな?
地域の親の会の代表のような存在が入口になりそう、ということですね。 この法案で「デジタルを含む教科書」も正式な教科書になったとき、デジタル教科書について、どの程度ご存知ですか?
ある程度知っている
把握されていますね。では次に、紙とデジタルを比べたとき、学びやすさはどう変わると思いますか?
場面によって使い分けが良い
ありがとうございます。では次に伺います。 デジタル教科書を使うことについて、いちばん気になる懸念や課題は何ですか?
学校運用(準備負担・トラブル・ルール)
運用面がいちばん気になるのですね。 学校現場でデジタル教科書を正式に扱うようになったとき、運用面でハードルになりそうなのは何だと思いますか?
当事者意外の当事者への偏見。目的とズレた使い方をしている時は話し合えらような信頼関係を作っておく事が大切だとおもう。 信頼されている子は、変な事には使わないし、使っても話し合える。 コミュニケーションの土台ができているかは大切
お話を聞いて、運用面のハードルが「端末そのもの」だけではなく、周囲の偏見や、目的とズレた使い方が起きたときに建設的に話し合える関係性(信頼の土台)にもある、という見立てがとても印象に残りました。 ここまで伺った内容を踏まえて最後に1点だけお聞きしたいです。 デジタル教科書に関して、制度設計をする人に何か一つ伝えることがあるとしたらそれは何ですか?
学ぶためのツールとしての利用に特化したものにしたらいいのかなと
ありがとうございます。「学ぶためのツールとしての利用に特化したものに」というメッセージ、とても重要だと思いました。 では、ここでいう「学ぶためのツールに特化」を制度や運用に落とし込むとしたら、どんな状態になっているのが理想ですか?
ネットに常にアクセスする必要があるのかは疑問。 とはいえ、制限をかけるとそこを突破するかは出てくるし、制限するというよりは、何よりも人と人とのコミュニケーションを磨く事が、機械に使われない子供を育てる事につながると思う。
なるほど、常時ネット接続が前提かどうかには疑問がありつつ、技術的な制限だけでは限界があって、結局は人と人とのコミュニケーションの土台が大事、ということですね。 ここまでのお話を踏まえると、この法案の制度設計としては「常時ネット接続を前提にしない設計(オフラインでも学べる)」は、どの程度重要だと感じますか?
重要ではないかも。
ありがとうございます。オフライン前提は「必須級ではない」という感覚なのですね。 ここまでのお話を踏まえて、インタビューは一旦ここで区切り、これまでの内容をまとめてレポートを作成します。
お時間を割いて詳しくお話しくださり、ありがとうございました。伺った内容をもとに、要約レポート案を作成しました。内容に誤りや、ニュアンスの違い(言い過ぎ/弱すぎ等)がないかをご確認ください。