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💬インタビューレポート

保護者

当事者

学校に通う子どもを持つ保護者として、授業中の端末利用が学習態度(集中)や学習成果、クラス間の公平性に与える影響を懸念しつつ、教科によっては動画等が理解を助ける点も認めている。

回答日2026.4.13 23:20
インタビュー分量41 分 / 2433 文字

💬主な意見

授業中は教科書アプリ以外を開けない

端末だとゲーム・動画等に没頭して耳に入らない懸念があるため、授業中は教科書以外のアプリを一切開けない制限が最低ライン。

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デジタルは導入向き、各論や書く学習は紙

歴史などは動画で全体像をつかむ導入に効果を感じる。一方、各論の理解や計算・漢字など手を動かす学習、落書きやマーカーは紙が分かりやすい。

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運用差を防ぐには教師リテラシーと可視化

教師ごとの運用差が成績差や不公平感を強める不安がある。学習ログ(何をどれくらい見たか等)を親へ共有し、全体は匿名で行政が改善に活用するのがよい。

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🎤すべての会話ログ

本日は「学校においてデジタルを含む教科書を使えるようにする法律案」について、感じていることや経験をうかがいたいです。率直なお話で大丈夫です。 この「デジタルを含む教科書を正式な教科書として認める」法案は、あなたの生活や立場とどのように関わっていますか?

子どもが学校に通っている(保護者)

保護者の立場で関わりがあるのですね。お子さんの学校では、授業でデジタル教科書(紙の内容を端末で見られるもの)を使う場面はありますか?

まだないです

まだ使っていないのですね。では、もし今後お子さんの学校でデジタル教科書を使うようになったら、保護者としてまず最初に確認したいことは何ですか?

教科書以外使用できないかを確認したい

なるほど、授業中に端末で「教科書以外(他のアプリやサイト等)」を使えてしまわないか、という点が気になるのですね。 その「教科書以外が使用できないか」を確認したいのは、どんな場面を想定してのことですか?

授業中に授業に集中しないというのは紙でもあることですが、その選択肢は友達と目配せするか教科書に落書きするかくらいのものでしかありませんし、授業の内容は耳から入ってくる程度でしたが、たとえばゲームや動画ができてしまうと耳から聞こえないほど没頭してしまうためです

お話のイメージ、よく伝わってきました。紙でも集中が切れることはあるけれど、端末だとゲームや動画のように“没頭して耳に入らない”状態になり得る、という不安なのですね。 その心配がいちばん大きいのは、授業のどんな時間帯(例:先生の説明を聞く時間/個別に問題を解く時間など)だと思いますか?

すべての時間ですね。子どもが学習教材のタブレットを使って勉強していますが、勉強のノルマがなければそこに入っている学習以外のコンテンツを永遠にやっていると思います。どういうことかというと、誰からも管理されない自分だけの世界に入ってしまうということです

かなり切実なご懸念ですね。ご家庭での端末学習でも、管理やノルマがないと学習以外に流れてしまい、「自分だけの世界」に入ってしまう感覚がある、ということだと理解しました。 学校でデジタル教科書を使う場合、端末側で“教科書以外を開けない状態(利用制限)”にできるかどうかがポイントになりそうですが、保護者としては「どのレベルの制限」までできていることが最低ラインだと感じますか?

教科書アプリ以外は一切開けない

ありがとうございます。教科書アプリ以外は一切開けない、という強い制限が最低ラインなのですね。 その場合でも、授業の中で「動画や音声など教科書に含まれるデジタル部分」を使うこと自体については、保護者としてどう感じますか?

先生の端末から流したものを見ればいいと思います。

先生の端末から提示されたものを皆で見る形が良い、ということですね。 この法案では、動画や音声なども「教科書の一部」として扱えるようにしていく想定があります。その上で伺いたいのですが、先生が提示する形だとしても、教科書に動画や音声が入ること自体には賛成寄りですか、それとも慎重寄りですか?

賛成寄り

賛成寄りなのですね。先生が提示する形であれば、動画や音声が入ることで分かりやすくなる期待があるのだと受け取りました。 その「賛成」と感じるのは、どんな教科や単元をイメージしているからですか?

私は社会の授業で小学生の時に歴史の動画解説を毎回見せられていました。また家でも歴史上の人物のマンガを読んで歴史を覚えました。子どもも科学のマンガを読んで科学を学んでいます。教科によってはより効果がある教科があるということです。ですので、個人に端末を配布して管理させるのではなく、教科ごとに使用する、もしくは先生の端末で流せばよいのかなと考えます

経験に基づいた見方ですね。社会(歴史)の動画や、家庭でのマンガのように、教科によっては理解を助けるコンテンツが効く、という実感がある一方で、児童生徒それぞれの端末で自由度が高い形には慎重、ということだと受け取りました。 この法案で「小中学校では、デジタルを含む教科書を採択した場合も無償で配る」ことについて、保護者としてはどう感じますか?

無償で配るのは紙の教科書ですか?

ご質問ありがとうございます。補足すると、この法案では「紙だけ」ではなく、学校が採択した場合は**デジタルを含む教科書**も小中学校で**無償給与(無料配布)の対象**になります(紙を廃止するものではありません)。 この点を踏まえて、デジタルを含む教科書も無償になることについて、保護者としてどう感じますか?

端末も無償で配るということですよね。現場を見ていて思うのですが、まず端末の使い方を学校で教えない。コンピューターとはなんぞやということを教えれる教師がいない中で配布するのはおもちゃを与えているのと同等かと思います。デジタルを使って教えられる環境を整えるのが先決では?と思います でないと結果的にデジタルを使えない子どもが増えるだけです

懸念、とても筋が通っています。端末が配られても「使い方(情報活用の基礎)を学校で教えられない」「教えられる先生がいない」状態だと、おもちゃ化してしまったり、結果として“使えない子”が増えるのでは、ということですね。 一点だけ補足すると、この法案が無償の対象にしているのは主に**教科書(デジタルを含む)**で、端末そのものを無償配布することを直接定めた法律案ではありません(端末配備は別の施策・予算で進んでいる面があります)。 その上で伺いたいのですが、学校側にまず整えてほしい「デジタルを使って教えられる環境」として、いちばん優先だと感じるのはどんな点ですか?

いきなり小学3年生から配って使わせるのではなく、1.ハードとソフトとネットの仕組みを理解する2.コンピューターで合理化できることと合理化すべきでない身体で獲得できる経験とを区別して理解できるようになる3.コンピューターを使って学習ができるようになる。と段階を踏んで中学生くらいから本格的に使うのが良いかなと思います。いわゆる何事にも準備が大事ということです

段階を踏むべき、という整理がとても明確ですね。仕組みの理解→デジタルに任せる領域の見極め→学習での活用、という順番で、中学生くらいから本格運用が良いのでは、というお考えだと受け取りました。 その「中学生くらいから本格的に使う」が実現した場合でも、小学校の段階ではデジタル教科書はどの程度までなら使ってよいと感じますか?

出来れば小学生の段階では使わないほうが良いと思っています。ものごとの分別がつかない、感情だけで言動してしまう段階では家庭でもスマホは禁止したほうがいいと思うくらいです

小学生の段階ではできれば使わない方がよい、という強い慎重姿勢なのですね。分別がつきにくい時期だと、家庭でもスマホ自体を禁止したいくらい、という感覚も理解しました。 この法案のように学校でデジタルを含む教科書が「使える」状態になったとしても、小学校で実際に使うかどうかは運用次第になり得ますが、保護者として「小学校では原則使わない」を担保するために、学校や自治体にどんなルールがあると安心できますか?

まずICTに関しての理解をすべての保護者が得るところからスタートだなと思います。これはかなり先進的な取り組みですが、大人になってからの影響が大きく、これからを担う世代が人口減で貴重な子どもたちであることを考えると避けては通れないと思います

保護者側の理解をそろえるところから、ということですね。子どもへの影響が長期に及ぶ可能性があるからこそ、先に大人がICTを理解して納得できる状態を作りたい、という問題意識だと受け取りました。 保護者が「ICTに関して理解できた」と感じられるために、学校や自治体からどんな情報提供があるのが良いと思いますか?

これは自治体レベルではなくオーストラリアなどのように国が主導すべき問題かなと思います。これからの子どもたちの未来をどう作るのか。それは国で考える国家戦略だと思います

国としての国家戦略として整理し、国が主導して情報提供や方針を示すべき、というお考えなのですね。 国が主導するとしたとき、保護者に対して国がまず示してほしいのはどんな内容ですか?

今保護者は禁止されていないからやらせてしまっています。一番問題なのは、親が貧しく働いて家にいない間子どもたちはスマホでゲームや動画漬けになっています。その子に釣られて周りの子供達もゲームや動画、SNSを始め、クラス全体を巻き込む問題に発展しています 日本中でこの問題が叫ばれる中、止められない親には止めさせるための法律が必要だと思います

問題意識がとてもはっきりしていますね。家庭の事情で見守りが難しいと、子どもがゲームや動画、SNSに流れやすく、それが周囲にも波及してクラス全体の問題になり得る、という実感があるのですね。 この法案は「デジタルを含む教科書を正式な教科書として扱えるようにする」内容で、家庭でのスマホ利用を直接規制するものではありません。 その前提で伺いたいのですが、この法案の範囲(学校の教科書)に絞ると、国が“最低限ここは必ず守る”として示してほしいルールはどんなものですか?

私が考えるのは紙と同様、先生が開いているページと同じページ、同じアプリしか使用できないいわゆるクラス内が同期している状態がよろしいかと思いますがそれならば紙でいいのでは?という話になると思います。 デジタルを子どもが使って最も深刻な影響は「集中力がなくなること」です。それは選択肢が無限にあるからです。 選択肢を限定するということをルール化してほしいです

同期して同じページ・同じアプリしか使えない状態にしたい、そして「選択肢を限定する」ことをルール化してほしい、ということですね。集中力への影響をいちばん重く見ていらっしゃるのが伝わります。 その「選択肢を限定する」をルール化するとき、具体的に“禁止したい選択肢”として真っ先に思い浮かぶのは何ですか?

教科書以外のアプリを授業中は使用できない

了解しました。授業中は教科書以外のアプリを使えないようにする、という点が最優先のルールなのですね。 そのルールを学校が運用するとして、保護者としては「守られている」と何を見て確認できると安心しますか?

デジタル端末ですから見て勉強するだけでなく、当然子どもが何を見ているかを親にフィードバックすべきだと思います。 ヒートマップなども利用して、授業中にどれだけ集中していたかを毎日親と学校の連絡ツールで配信したり見られるようにするのが良いかと思います

なるほど、端末で何を見ていたかを保護者に可視化してフィードバックする仕組み(学習ログの共有)まで含めて必要、ということですね。集中の度合いもヒートマップのような形で確認できると安心、という発想だと理解しました。 そのように学習ログを保護者へ共有する場合、保護者が「最低限ここまでは見られるようにしてほしい」と思う情報はどんなものですか?

なにをどれくらい見たか。は把握したいです。 あと必ず振り返りもしてほしいです。授業の最後に、1.この授業は何%理解できましたか?2.もう一度聞きたい部分はありますか?3.この授業は面白かったですか?など、アンケートを必ず入力させて、学習のフィードバック教師のフォロー体制の確立、親の授業内容の把握までできればより良いですね

見た内容と時間配分を把握したい、加えて授業後の振り返りアンケートまで含めて、先生のフォローや保護者の把握につなげたい、ということですね。 このようなログやアンケート結果を保護者にも共有する運用にした場合、共有される情報は「誰まで見られる状態」だと安心できますか?

匿名でない個人情報は、親まで。全体のデータとして匿名で使用するなら行政まで

整理すると、個人が特定できる学習ログは保護者まで、全体傾向として匿名化したデータなら行政でも扱ってよい、という線引きなのですね。 その「匿名化した全体データ」を行政が扱う場合、どんな目的で使われるのが望ましいと感じますか?

未来の戦略への改善ですね

ありがとうございます。匿名化した全体データは、教育の未来に向けた戦略や改善に活かすのが望ましい、ということですね。 ここから視点を少し変えて伺います。紙とデジタルを比べたとき、学びやすさはどう変わると思いますか?

場面によって使い分けが良い

場面によって使い分けが良い、という感覚なのですね。 その「使い分け」を考えるとき、デジタルの方が良さが出るのはどんな学習場面だと思いますか?

さきほど述べましたが、社会など、年号を教科書で覚えるよりはまず動画などで世界の歴史の全体の流れを把握して各論に入っていく。それを踏まえると、新たな章(方程式を覚え始めるなど)に入る際の導入部分全体説明は動画でもよいかなと思います

導入で全体像をつかむ場面では、動画が効くということですね。特に歴史の流れや、新しい単元に入るときの“最初の理解の土台作り”に向いている、という整理だと受け取りました。 その一方で、紙の方が良い(紙でやった方がよさそう)と感じるのは、どんな学習場面ですか?

各論に入った時、例えば今日は戦国時代の後期の授業をしまうなんてときは、紙の方がわかりやすいかなと思います。計算ドリルとか、漢字の書き取りなど書くもの。あと紙のメリットは落書きできます。ポイントにマーカーを引けます。そういう意味で言うとデジタルのメリットは検索性だと思うので、あれなんだっけ?っていうときに調べられるのはいいですね

具体と反復は紙、導入や振り返りはデジタル、という使い分けの感覚なのですね。落書き・マーカーなどの“手を動かす”良さ、計算や書き取りは紙が向く一方で、「あれなんだっけ?」をすぐ引ける検索性はデジタルの強み、という整理だと理解しました。 学校でデジタル教科書が正式に扱われるようになったとき、運用面でいちばんハードルになりそうなのは何だと思いますか?

申し訳ないが、選択肢でもらった全てが重い課題です

重い課題が並んでいる、という実感なのですね。 その中でも、学校が最初につまずきやすい(ここが整わないと他も回らない)と感じるのはどれですか?

授業設計の難しさ

授業設計がいちばんのハードル、ということですね。デジタルを入れることで「何をどう教えるか」を組み直す必要が出てくる、という感覚だと理解しました。 授業設計が難しくなるのは、具体的にどんなタイプの授業(例:新しい単元の導入/演習中心/グループワーク等)を想像されていますか?

まず紙でやるべきかデジタルでやるべきかを教師ごとに変えた場合、不公平感が出ると思います。

教師ごとに判断が分かれると、不公平感が出るというご懸念なのですね。 その「不公平感」は、具体的にはどの立場(子ども同士/保護者同士/クラス間など)で強く出るイメージですか?

そのすべてで出ます強烈に

強烈に出る、というのはかなり大きなリスクとして見えているのですね。 その不公平感がいちばん表面化しやすいのは、どんな出来事(例:成績評価、宿題の量、テスト前の復習など)が起きたときだと思いますか?

うまく併用できたクラスと出来なかったクラスとでは成績が雲泥の差になりますし、それが顕在化したらどんなに怖い未来が待っているか。親はクラスを変えてほしいと言い出します。

成績差として顕在化して、保護者がクラス替えを求めるような事態まで起き得る、という強い危機感なのですね。 その「うまく併用できたクラス/できなかったクラス」の差が出る原因として、いちばん大きいと感じるのは何ですか?

教師のリテラシーです。熱意だけでは解消されません

教師のリテラシーが差を生み、熱意だけでは埋まらない、ということですね。 ここまでのお話を踏まえて伺いたいのですが、デジタル教科書に関して制度設計をする人に何か一つ伝えることがあるとしたら、それは何ですか?

一番出来ない人にあわせて作ってくださいということです。学校の中ではいまだにメールも先生が使えないくらいリテラシーが低いのに、児童にデジタルで良さを伝えられる気がしません

ありがとうございます。「いちばん出来ない人(リテラシーが低い先生・学校)に合わせて制度を作るべき」という強いメッセージですね。メールも使えない先生がいる現状だと、子どもにデジタルの良さを届けるのは難しい、という見立てだと理解しました。 最後に、デジタル教科書について、どの程度ご存知ですか?

ある程度知っている

ここまで丁寧にお話いただき、ありがとうございます。事前に用意していた論点は一通りうかがえましたので、これまでの内容をまとめ、レポートを作成します。追加で「これだけは入れてほしい」という点があれば、最後に一言だけ教えてください。

お時間をいただき、丁寧にお話しくださりありがとうございました。ここまでの内容をレポート案にまとめました。ご確認ください。