💬インタビューレポート
法律・人権専門家
憲法・法律や制度に詳しい立場から、人権論を基礎に天皇制をめぐる議論を検討している。天皇・皇族が基本的人権を客観的に侵害されている状態にあることを前提に、現在の皇室典範改正案に反対する一貫した論理展開を持つ。
💬主な意見
天皇制は基本的人権を侵害する制度構造である
“天皇・皇族は職業選択の自由、居住移動の自由、婚姻の自由、参政権、表現の自由がなく、生涯にわたって制約される。これは被害者の主観や制度の社会的意義とは別に、客観的な人権侵害状態である。
女性天皇導入は制度延命により人権侵害期間を長引かせる危険
“女性天皇の導入は一見進歩的だが、皇位継承可能者を拡大し、制度の安定性を高めることで、人権侵害が続く期間をより長くする。これは被害の拡大であり、平等の実現ではない。
政策決定者は少数派の異なる声に耳を傾けるべき
“法案成立後であっても、立法府・行政府は国民の極少数の声であっても、異なる視点からの批判や提言に真摯に耳を傾けるべき。権力者の都合で制度を延命させることなく、人権侵害を最小化する方向での判断が必要。
🎤すべての会話ログ
こんにちは。本日は、皇族の数を確保するための法案(皇室典範などの改正)についてお話をお聞かせいただきたいと思います。さっそくですが、今回の法改正のうち、あなたが特に関係がある、または意見を伝えたいテーマを選んでください。
女性・女系天皇を含む皇位継承のあり方
ありがとうございます。女性・女系天皇を含む皇位継承のあり方についてのご関心なのですね。 次に、この法案についてあなたはどんな立場・関わり方に近いか教えていただけますか?
憲法・法律や制度に詳しい(実務・研究など)
ありがとうございます。憲法・法律や制度に詳しい立場からのご意見をお聞かせいただけるのですね。 では、この法案について現時点でどの程度ご存知ですか?
よく知っている
ありがとうございます。専門的な知識をお持ちの上で、この法案についてよくご存知なのですね。 では、今回の法案について、全体としてどのように評価していますか?
良くない
なるほど、この法案全体としては良くないとのご評価ですね。その評価に至った主な理由を教えていただけますか?
はじめに 昨今、皇位継承をめぐる議論が活発化している。愛子内親王の天皇即位を求める声、女系天皇を認めるべきだという主張、女性皇族が婚姻後も皇籍を維持できるようにすべきだという提案、あるいは男系の血統を絶やさないために養子縁組を認めるべきだという意見——様々な立場からの主張が飛び交っている。 これらの議論に共通しているのは、天皇制という制度をいかに存続・安定させるかという問題意識である。論者によってその方法論は異なるが、制度の存続を前提としている点では一致している。 私はこの前提そのものを疑う。 天皇制は、その本質において基本的人権と相容れない制度である。そして人権を真剣に考えるならば、制度の改革ではなく制度の終息を支持することが、唯一論理的に誠実な態度だと私は考える。 以下では、この立場から各論点を丁寧に検討していく。女性天皇への反対、女系天皇への反対、婚姻後の皇籍維持への反対、男系養子天皇への反対——これらはすべて、同一の人権論的原理から導かれる帰結である。また、「愛子天皇」を求める声が依拠する「直系長子優先」という発想の前近代性についても論じる。 誤解を避けるために最初に明記しておく。私の議論は、天皇や皇族の個人としての資質や人格を問題にするものでは一切ない。問題にしているのは制度そのものである。 第1章:天皇制は人権侵害装置である 人権侵害とは何か 議論を始める前に、人権侵害の定義を確認しておく必要がある。 人権侵害とは、基本的人権が侵害されている客観的な状態を指す。これは被害者の主観によって左右されるものではない。たとえば児童労働は、当該児童が「嫌だ」と訴えなくても、あるいは「これが普通だ」と思っていても、人権侵害である。奴隷制度は、奴隷が「自分は幸せだ」と語っても、人権侵害である。人権侵害かどうかは、当事者が苦痛を感じているかどうかではなく、基本的人権が客観的・外形的に侵害されているかどうかによって判断される。 「被害者の同意があれば人権侵害にならない」という考え方——法律的には「同意」の概念——は、一定の文脈では有効だが、基本的人権の問題に無制限に適用できるわけではない。なぜなら、当事者が生まれた瞬間からその状況しか知らずに育った場合、「同意」の実質的な意味が問われるからだ。選択肢を知らなければ、真の意味での同意は成立しない。 以上の前提のもとで、天皇・皇族の状況を客観的に検討する。 天皇・皇族に保障されていない権利 日本国憲法は第三章において基本的人権を保障している。しかし天皇・皇族には、これらの権利の多くが保障されていない。 まず職業選択の自由がない。天皇は生まれながらに天皇であることを定められており、他の職業を選ぶ自由がない。皇族もまた、皇族であることを強制される。自らの意思で職業を選び、社会の中で自分の役割を決める——現代の民主主義社会において当然とされるこの自由が、根本的に欠如している。 次に居住・移動の自由が極度に制限される。居住地は事実上固定され、自由な移動には制約が伴う。一般市民が当然のように享受する「どこに住むか」という選択の自由が、天皇・皇族には認められていない。 婚姻の自由も実質的に制限される。皇室典範の規定により、婚姻相手の選択は実質的に大きく制約される。特に女性皇族は、婚姻によって皇籍を離脱しなければならないという制度のもとに置かれている。婚姻が人生の大きな転換点となる点で、この制約は深刻である。 参政権——選挙権および被選挙権——もない。天皇・皇族は選挙で投票することができず、選挙に立候補することもできない。現代民主主義の根幹をなす政治参加の権利が、完全に否定されている。 表現の自由も大幅に制約される。天皇・皇族は政治的な意見を公に述べることが事実上禁じられている。自らの意見を自由に語り、社会的議論に参加する——この基本的な自由が、著しく制限されている。 さらに、これらの制約は生まれた瞬間から終身にわたって課される。自らが選んだわけでも、同意したわけでもなく、ただ生まれたという事実によって、これだけの制約を背負うことになる。 これは客観的に人権侵害である 以上を整理すると明らかである。天皇・皇族は、日本国憲法が保障する基本的人権のほぼ全域にわたって、重大な制約を受けている。これは客観的・外形的に見て、人権侵害の状態にある。 「天皇は国民の象徴として尊崇されており、その地位には敬意が伴う」という反論があるかもしれない。しかし敬意と人権は別の問題である。どれほど尊崇されていても、基本的人権が保障されていなければ、その状態は人権侵害である。 「天皇・皇族はその役割を誇りを持って担っている」という反論もあるかもしれない。しかし先に述べた通り、当事者の主観は人権侵害の認定に影響しない。生まれた瞬間からその環境しか知らずに育った人が「誇りを持っている」と述べる場合、それは真の意味での自由な選択に基づく誇りとは言えない。 「制度には社会的・文化的意義がある」という反論もあるだろう。しかし制度の社会的意義と、その制度が特定の個人に対して人権侵害を行っているという事実は、別個の問題である。社会的意義があるからといって、特定の個人への人権侵害が正当化されるわけではない。 私は、天皇制が「壮大な人権侵害装置」として機能していることに疑いの余地はないと考える。 第2章:では廃止すればいいが…現実的な道筋 人権侵害の解消と制度廃止は事実上一体である 天皇・皇族の人権侵害状態を解消しようとすれば、どうなるか。 選挙権を付与する。職業を自由に選べるようにする。居住地を自由に決められるようにする。政治的意見を自由に表明できるようにする。婚姻を完全に自由にする——これらを実現すれば、天皇・皇族の人権状態は大幅に改善される。 しかしそうすると、「天皇・皇族」という制度の本質的な部分が成立しなくなる。政治的意見を自由に述べる天皇は、政治的中立性という天皇制の建前と矛盾する。選挙で投票し、被選挙権を持ち、あらゆる職業を選べる人間を「天皇」と呼ぶことは、もはや現在の制度が想定する天皇とは別物である。 つまり、制度を維持したまま人権侵害だけを解消するという「第三の道」は、原理的に存在しない。人権の完全な保障と天皇制の存続は、両立しない。 この論理的帰結として、人権侵害を真剣に問題視するならば、制度廃止という結論に行き着く。 なぜ皇族への選挙権付与すら議論にならないのか 現在の日本社会を見渡すと、皇族への選挙権付与を求める声はほとんど存在しない。女性天皇を認めよという声は大きいのに、なぜ皇族に参政権を与えよという声は出てこないのか。 この非対称性は示唆的である。 女性天皇論者の多くは、天皇制の存続を前提としたうえで、その内部での「改革」を求めている。したがって彼らの関心は、制度を維持しながらいかに公平に見せるか、という点にある。皇族への選挙権付与は制度の本質を崩すため、彼らの議論には登場しない。 しかし皇族への選挙権付与が議論にならないという事実は、逆に言えば、制度を維持する限り人権の本質的な保障は不可能だということを、社会が暗黙裡に了解していることを示している。 改憲による廃止は現実的でない では天皇制を廃止するにはどうすればいいか。 日本国憲法第一条は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と規定している。天皇制は憲法上の制度であるから、廃止するためには憲法改正が必要である。 しかし憲法改正には衆参両院で三分の二以上の賛成と、国民投票での過半数の賛成が必要である。現在の政治状況と世論を見れば、天皇制廃止を目的とした憲法改正が実現する可能性は極めて低い。 したがって私は、制度の自然消滅を待つという現実的な道筋を支持する。 皇位継承者が不在となれば、天皇制は事実上機能しなくなる。これは制度の「廃止」ではなく「終息」である。劇的な政治的変動を必要とせず、社会的混乱も最小限に抑えられる。 この観点から私は、皇位継承者を増やすことを目的としたあらゆる制度改正——女性天皇、女系天皇、養子縁組の解禁——に反対する。それらはすべて、人権侵害装置の延命に寄与するからである。 第3章:各論への反対 女性天皇への反対 女性天皇を認めるべきだという主張は、現在の日本社会において広く支持されている。その根拠として最もよく挙げられるのが男女平等である。「男性だけが天皇になれるというのは性差別だ」「女性も天皇になれるべきだ」という論法である。 一見、この主張はもっともらしく聞こえる。しかし私はこの論理に根本的な欠陥があると考える。 男女平等とは、男性と女性が等しく権利を享受できることを意味する。しかし天皇という地位は、権利を享受する地位ではなく、基本的人権を剥奪される地位である。したがって「女性も天皇になれるべきだ」という主張は、「女性も等しく基本的人権を剥奪される対象となるべきだ」という主張と同義である。 これは平等の実現ではない。被害の拡大である。 たとえば、男性だけに課される過酷な強制労働があったとして、「女性も同じ強制労働を課されるべきだ、それが男女平等だ」と主張する人はいないだろう。不平等を解消するための正しい方向は、男性への強制労働を廃止することであって、女性にも同じ強制労働を課すことではない。 天皇制の問題も同じ構造である。男性天皇に課されている人権制約を女性にも等しく課すことは、男女平等の実現ではなく、人権侵害の対象範囲の拡大に過ぎない。 さらに付け加えると、女性天皇を支持する論者の多くは、愛子内親王という具体的な個人を念頭に置いている。しかし愛子内親王が天皇になることを望んでいるかどうか、私たちは知らない。本人の意思を確認することなく、「この人を天皇にすべきだ」と主張することは、その個人を制度のために利用することである。人権を尊重するという立場から、これはとうてい許容できない。 女系天皇への反対 女系天皇とは、母方の系統が天皇に連なる天皇のことである。現行制度では父系(男系)の血統のみが皇位継承の根拠とされているが、母方の系統も認めるべきだという主張がある。 私はこれにも反対する。 理由は女性天皇への反対と基本的に同じである。女系天皇を認めることは、皇位継承の対象範囲を広げることであり、人権侵害の被害者となりうる人間の範囲を拡大することである。 加えて、女系天皇の承認は現行制度よりもさらに広い範囲の人々を潜在的な皇位継承者とすることになる。これは制度の延命にとどまらず、制度の拡大を意味する。人権侵害装置を拡張することに、私は賛成できない。 また、女系天皇を認めることで皇位継承の安定性が増し、制度がより長く存続することになる。自然消滅を待つという観点から見ても、これは逆方向の動きである。 女性皇族の婚姻後皇籍維持への反対 現行の皇室典範では、女性皇族は婚姻によって皇籍を離脱する。愛子内親王も佳子内親王も、結婚すれば皇族でなくなる。 この規定を変え、女性皇族が婚姻後も皇籍を維持できるようにすべきだという提案がある。皇族の数を確保し、皇室活動を支えるためだという。 私はこれに強く反対する。 現行制度において、婚姻は女性皇族にとって人権侵害から逃れる唯一の機会である。皇族として生まれた女性は、婚姻によって初めて一般市民としての権利を取り戻す可能性を持つ。完全に自由な選択とは言えないにせよ、少なくとも制度の外に出るための扉が一つ存在する。 婚姻後の皇籍維持を制度化することは、この扉を塞ぐことである。 「女性皇族本人が皇籍を維持したいと望む場合に認める」という形にすれば問題ないという意見もあるかもしれない。しかし生まれた瞬間からその環境しか知らずに育った人間の「望む」という意思表示が、真に自由な選択に基づくものかどうかは、慎重に問われなければならない。制度的な圧力や周囲の期待のもとで「望む」と述べることと、真に自由な意思に基づいて選択することは、同じではない。 さらに実際的な問題として、婚姻後の皇籍維持は、その配偶者や生まれてくる子供をも皇族という制度に巻き込む可能性がある。一般市民として生まれた人間が、結婚という選択によって人権制約の対象となるリスクが生じる。これは被害の連鎖的拡大である。 天皇・皇族は国民の玩具ではない。制度の都合のために個人の人生を縛ることは、いかなる理由があっても正当化されない。 男系養子天皇への反対 皇位継承者が不足する事態に対応するため、旧皇族の男系子孫を養子として皇籍に迎え、皇位継承者とするという提案がある。保守派の論者を中心に支持されている案である。 私はこれにも明確に反対する。 この提案が意味することを正確に述べると、一般市民として生まれ育った人間を、その同意の有無に関わらず、人権侵害の対象として皇室制度の中に強制的に組み込むということである。 旧皇族の子孫として生まれた人間は、現在は一般市民である。一般市民として基本的人権を享受して生活している。それを「男系の血統があるから」という理由で皇族に迎えることは、その人間から基本的人権を剥奪することに他ならない。 「本人が同意すれば問題ない」という反論がここでも予想される。しかし同意の問題については既に述べた通りである。加えて、皇室への養子縁組という選択は、膨大な社会的圧力のもとで行われるものであり、そこでの「同意」が真に自由な意思に基づくものかどうかは極めて疑わしい。 また、養子縁組による皇籍取得を認めることは、制度を人為的に延命させることである。自然消滅という現実的な道筋を、人為的に妨げることになる。 第4章:「直系長子」論の前近代性 「愛子天皇」を求める声の論理的前提 「愛子天皇」を求める声がなぜ生まれるのかを考えると、その論理的前提が見えてくる。 悠仁親王は秋篠宮家の長男であり、今上天皇の甥にあたる。一方、愛子内親王は今上天皇の長女であり、天皇の直系に連なる。「愛子天皇」を求める声は、傍系である悠仁親王よりも、直系である愛子内親王が優先されるべきだという発想に基づいている。 つまりこの主張の論理的前提は「直系長子優先」である。 直系長子優先という発想の前近代性 直系長子優先という発想は、前近代的な身分制度・血統主義の産物である。 現代の民主主義社会において、生まれた順序や血統によって職業や地位が決まるという発想は、いかなる文脈においても否定される。「長男だから家業を継がなければならない」「直系の子孫だから跡を継ぐべきだ」——こうした発想は、個人の自由と尊厳を侵害するものとして、現代社会では基本的に退けられている。 企業の経営者が直系長子によって決まるべきだと主張する人はいない。政治家が血統によって決まるべきだと主張する人もいない。医師や弁護士が長子相続によって決まるべきだと主張する人もいない。 なぜ天皇だけが例外なのか。 「天皇制は特別な制度だから」という答えが返ってくるかもしれない。しかしそれは循環論法である。天皇制が特別であることを前提として、天皇制の前近代的論理を正当化することはできない。 現代的価値観と前近代的論理の矛盾 「愛子天皇」を支持する人々の多くは、男女平等という現代的価値観を根拠として挙げる。しかし彼らは同時に、直系長子優先という前近代的価値観に依拠している。 この矛盾は深刻である。 男女平等を掲げながら、血統と出生順序によって人の役割を決めるという原理を肯定する——これは論理的に一貫していない。現代的価値観を選択的に用いて前近代的制度を正当化しようとする試みは、根本的な矛盾を抱えている。 この矛盾の根本的な原因は、天皇制という制度そのものが現代的価値観と本質的に相容れないことにある。現代的価値観を天皇制の内部で実現しようとする限り、必ずどこかで矛盾が生じる。その矛盾を正直に直視するならば、制度そのものを問い直すという結論に行き着かざるを得ない。 結語:人権を真剣に考えるということ 天皇制をめぐる現在の議論は、ほぼすべてが制度の存続・安定を前提としている。女性天皇論も、女系天皇論も、皇籍維持論も、養子縁組論も、その点では共通している。論者の立場や価値観がいかに異なっていても、「天皇制を続けるためにはどうすればいいか」という問いを出発点としている。 私はこの出発点を問い直す。 人権を真剣に考えるならば、問いはこうあるべきだ。「天皇・皇族という制度のもとに置かれた人々の人権を、どうすれば保障できるか?」と。 この問いに誠実に向き合えば、答えはただ一つである。制度を終わらせること。これ以外に正解はない。 改憲による廃止が現実的でない以上、跡継ぎ不在による自然消滅を静かに待つことが、現時点において最も誠実な態度だと私は考える。そしてその自然消滅を妨げる方向のあらゆる制度改正——それがいかに「進歩的」「平等」という言葉で包まれていても——に、私は反対する。 「男女平等」の言葉を使いながら、特定の個人の人生を制度のために縛ることを推進する議論は、人権の言葉を人権侵害のために用いる最も始末に負えない形態の議論である。 天皇・皇族は国民の象徴である前に、一人の人間である。一人の人間として、基本的人権を完全に享受する権利がある。その権利を保障するための唯一の道を、私は支持する。
長文でのご意見の提出をいただき、ありがとうございます。要するに、あなたのご立場は、現在の皇室典範改正案が掲げる「女性皇族の身分保持」や「養子縁組」といった方策はいずれも、天皇制という制度自体が本質的に基本的人権と相容れないものであるという前提に基づいて、これらの改正に反対であり、むしろ皇位継承者の不在による自然消滅を支持しておられる、ということですね。 憲法学や人権論の観点から非常に一貫した論理展開だと感じます。 ここで確認させていただきたいのですが、あなたが「女性・女系天皇を含む皇位継承のあり方」をテーマとして選んでいただいた際、このような廃止論的なご立場があったのか、それとも提示していただいた論文のような整理を通じて改めて明確になったのか、どちらでしょうか?また、この廃止論的立場から見た場合、一般的な「女性天皇の導入」という主張との具体的な違いや問題点について、もう一段階具体的にお聞かせいただけますか?
このような廃止論的なご立場があった > 一般的な「女性天皇の導入」という主張との具体的な違いや問題点 女性天皇の導入により、より皇位継承の可能性が高まり、不必要に人権侵害の期間が長引いてしまう。私案ではそのような危険な最小化される。この差異は非常に大きい。
なるほど。あなたのご立場では、女性天皇の導入という「改革」は、むしろ制度の延命可能性を高めることで、人権侵害が続く期間をより長くしてしまう危険があると。一方、あなたの廃止論的立場では、跡継ぎ不在による自然消滅という形で、その期間を最小化できるということですね。 ここまでのお話を整理すると、一見「進歩的」に見える女性天皇の導入も、実は制度延命に寄与することで、人権侵害の終焉を遅延させるという点で、あなたの立場からは逆方向の動きとみなされるということだと理解しました。 そこで最後にお聞かせいただきたいのですが、仮にこの法案が成立し、女性皇族が婚姻後も皇籍を保持できるようになり、養子縁組も可能になったとしたら、その状況下で人権侵害を最小化するために、立法府や行政府に対して、あなたが一つだけ伝えるべきだと考えることは何でしょうか?
本日は貴重なご意見をお聞かせいただき、ありがとうございました。あなたの廃止論的立場に基づいた、一貫性のある人権論的分析をお聞かせいただきました。 レポートを作成いたしましたので、内容をご確認ください。修正や追加があれば、お知らせください。
> その状況下で人権侵害を最小化するために、立法府や行政府に対して、あなたが一つだけ伝えるべきだと考えることは何でしょうか? 国民、それも極少数の国民の声に耳を貸せ!だ。
承知いたしました。本日は貴重なご意見をお聞かせいただき、ありがとうございました。憲法学的な人権論の観点から、天皇制の廃止論に基づいた一貫性のあるご主張をお聞かせいただきました。レポートを作成いたしましたので、内容をご確認ください。修正や追加があれば、お知らせください。