💬インタビューレポート
編集者
一般市民として関心を持ちつつ、出版の編集者として著作権許諾の実務感覚(個別許諾で回せる見立て)を踏まえて意見を述べている。
💬主な意見
🎤すべての会話ログ
こんにちは。本日は「デジタル教科書を正式に教科書として認めるための法案」について、率直なお考えや実感を伺いたいです。 この法案は、あなたの生活や立場とどのように関わっていますか?
一般市民として関心がある
一般市民として関心を持たれているのですね。 デジタル教科書について、どの程度ご存知ですか?
ある程度知っている
ある程度ご存知なのですね。 紙とデジタルを比べたとき、学びやすさはどう変わると思いますか?
場面によって使い分けが良い
使い分けが良い、という感覚なのですね。 「使い分けが良い」と感じるのは、どんな学習場面のときですか?
復習はデジタル、最初の学びはアナログが良い
復習はデジタル、最初の学びはアナログが良いという感覚なのですね。 復習をデジタルにすると学びやすいと感じるのは、どんな点が効いているからですか?
繰り返し何度も問題を解いたり、ランダムに出題してもらうなどの応用が効き、利点だと思う
繰り返し解いたり、ランダム出題などが使える点を利点と感じているのですね。 その「復習はデジタルが良い」という前提で、デジタル教科書を使うことについて、いちばん気になる懸念や課題は何ですか?
健康面(目・姿勢・睡眠など)
健康面がいちばん気になるのですね。 その中でも、特に気になっているのは「目・姿勢・睡眠」のどれに近いですか?
目
目への影響が特に気になるのですね。 デジタル教科書を使う場合、どんな使い方(時間の長さや場面)だと目の負担が大きくなりそうだと感じますか?
一日のトータルの端末使用の時間が増える。特に幼少期はなるべくスクリーンタイムを減らした方が良いと思う
端末使用のトータル時間が増えること、特に幼少期はスクリーンタイムを減らしたいという感覚なのですね。 もしこの法案でデジタル教科書が「正式な教科書」として位置づくことで、学校での端末利用が今より増えるとしたら、目への負担を抑えるために学校側に用意してほしいルールや配慮はどんなものですか?
台湾で取り組んでいるように、目の健康を考慮して、外での遊び、運動を増やす。
台湾のように、外遊びや運動を増やして目の健康に配慮してほしい、という方向性なのですね。 その「外での遊び・運動を増やす」取り組みは、学校生活の中ではどの時間(例:休み時間、体育、放課後など)に組み込むのが現実的だと思いますか?
普段の授業にも課外授業を増やし、自然に触れ合える時間を増やす
普段の授業の中で課外授業を増やして、自然に触れ合える時間を増やしたい、ということですね。 学校現場でデジタル教科書を正式に扱うようになったとき、運用面でハードルになりそうなのは何だと思いますか?
学校のルール作り
学校のルール作りがハードルになりそう、と感じていらっしゃるのですね。 その「ルール作り」で、特に決めておかないと混乱が起きそうだと思うのは、どんな種類のルールですか?
インターンネットの時間外の利用など。しかし、それほど問題があると感じない
時間外のインターネット利用あたりは決めておいた方がよい一方で、全体としてはそこまで大きな問題とは感じていないのですね。 最後に伺います。デジタル教科書に関して、制度設計をする人に何か一つ伝えることがあるとしたら、それは何ですか?
北欧ですでにデジタル教科書を採用したあと、生徒の成績が低下したため、紙の教科書に戻したとききます。すでに失敗した例があるのだから、そこから学び、懸念点を克服してから使用して欲しい。そこには安野さんのアイデアがあると信じている。ただの教科書の置き換えでは同じ失敗に陥ると思う。
北欧の事例を踏まえて、「失敗から学んで懸念点を潰してから進めてほしい」「単なる置き換えだと同じ失敗に陥る」という警戒感をお持ちなのですね。 ここで伺いたいのですが、あなたが「同じ失敗に陥る」と感じる“単なる置き換え”とは、どんな状態のことを指していますか?
紙の教科書をそのままデジタルのKindleのようなものに置き換える、あるいはデジタルに問題の答えを書き込む、先生がタブレット上で採点など、利便性だけを捉えた使い方。
なるほど、「紙を画面にしただけ」「書き込み・採点など利便性中心に寄ってしまう」状態が“置き換え”なのですね。 その一方で、あなたが「これならデジタル教科書にする意味がある」と感じられる使い方は、どんなものですか?
たとえば、英単語を覚える時に、使うシチュエーションを動画で示すとか、理科や地理で、動く動物や実際の街並みをみられるとか。デジタルにしかできないところに使用するといいとおもう。
英単語のシチュエーション動画や、理科・地理で動く教材や実写の街並みなど、「デジタルでしかできない体験」に絞って使うのが良い、というイメージなのですね。 この法案には、動画や音声などを教科書に載せやすくするための著作権の扱い(権利者に補償金が支払われる仕組み)も含まれますが、こうした“デジタルでしかできない教材”を広げるうえで、この仕組みは必要だと感じますか?
どちらかといえば必要
「どちらかといえば必要」と感じていらっしゃるのですね。 その仕組みが必要だと思うのは、どういった点が大きいですか?
教科書の会社の権利に従えば良いのでは
教科書会社の権利の枠の中で進めればよい、という感覚なのですね。 その場合、教科書会社以外の人(例えば動画制作者や音楽の権利者)の素材を教科書に載せるときは、許諾や支払いは個別にやる形で問題ないと思いますか?
出版もそうしてるはずです。私も編集者なのですが。
編集者としてのご経験から、出版と同じように個別に許諾・支払いを回せる、という見立てなのですね。 デジタル教科書で動画や音声などの素材利用が増えると仮定したとき、出版での個別許諾のやり方を学校向けに持ち込む場合に、いちばん詰まりやすいのはどの部分だと思いますか?
教科書に使うというと、意外と著者の方も協力的なので、思うよりハードルが低いはず。
著者側が協力的で、実務上は思うよりハードルが低いという見立てなのですね。 その前提で、この法案が用意している「許諾なしで掲載できる代わりに、権利者に補償金を払う」仕組みは、現場感としては“なくても回る”と感じますか?
教育に協力したいと言う著者や製作者を優先して使えば良い
教育に協力したい著者・製作者を優先して使えばよい、という発想なのですね。 その方針で進める場合、教科書に載せる動画や音声などの素材は「教育利用OKの素材だけで十分に質を確保できる」と感じますか?
できると思います。今の教科書もそう言うふうにできてる
ここまでのお話だと、教育利用OKの素材だけでも十分に質は担保できて、今の教科書作りとも連続している、という見立てなのですね。 この法案で「補償金の仕組み」を入れることで、逆に起きそうだと感じるデメリットはありますか?
教科書に強い利権が出てくる気がします
補償金の仕組みが入ることで、教科書まわりに利権が生まれそう、という懸念なのですね。 その「利権が出てくる」と感じるのは、具体的にはどんな形のことを想像していますか?
わかりませんが、教科書を使ってがっつり稼ぐyoutuber的な存在がでてこないかな?
教科書をきっかけに、稼ぎ目的の“教科書系インフルエンサー”みたいな存在が出てくるかも、というイメージなのですね。 その場合、どんなタイプの発信やビジネスモデルが出てくるのがいちばん心配ですか?
子どもに人気で、教育ぽいことをやる人たち。そこは、教育者のジャッジをいれてほしい。しかも、新しい教育者の。
子どもに人気で“教育っぽい”発信をする人たちが出てきて、そこに新しいタイプの教育者の判断を入れてほしい、という懸念なのですね。 その「教育者のジャッジ」を入れるとしたら、どんな仕組み(例:審査・認定・推薦など)だと現実的だと思いますか?
教科書会議。今もやっていますよね。あとは、脳の仕組みや、目の専門家もいれては。
教科書会議のような場で見ていくのが現実的で、さらに脳や目の専門家も入れるべき、ということですね。 その「教科書会議」に脳や目の専門家も加える形にするとして、会議では具体的に何をチェックするのがいちばん重要だと思いますか?
それは専門家にきいて。
承知しました。 では、制度設計の観点で伺います。脳や目の専門家を教科書会議に入れるとして、その専門家のチェックを「必須」にするのは、デジタル教科書のどの要素(例:利用時間の設計、画面表示、動画・音の使い方等)にするのがよいと思いますか?
それも聞いて
承知しました。 ここまで伺った内容を踏まえて、インタビューは十分に深掘りできたと思いますので、これまでの内容をまとめ、レポートを作成します。
お時間をいただき、ありがとうございました。ここまでの内容でレポート案をまとめました。事実関係やニュアンスのズレがないか、ご確認ください。