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💬インタビューレポート

一般市民

一般市民としてデジタル教科書の法制化に関心を持ち、学習効果(可視化等)と懸念(健康負担・逸脱・創造性や書字)の両面から意見を述べた。

回答日2026.3.28 15:26
インタビュー分量36 分 / 1183 文字

💬主な意見

可視化は文理をまたいで理解を助ける

グラフや数字、実験の手法・結果・理由の可視化に加え、文章の構成分析や解析にも有効で、文理で分ける意味は薄いと思う。

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授業中の逸脱や健康負担が心配

授業中に別サイトへ行くことや、画面の見過ぎで目や体が疲れる点が懸念。教師一人で止めるのには限界がある。

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制限と授業設計で学びを守りたい

イントラ制限で不要サイトを遮断しつつ、授業時間短縮や画面だけにしない工夫も必要。書き取り・ディクテーション等で書く訓練も残したい。

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🎤すべての会話ログ

本日は「デジタル教科書を正式な教科書として認めるための法案」について、お話をうかがいます。立場や経験に合わせて進めますので、答えやすい範囲で大丈夫です。 この法案は、あなたの生活や立場とどのように関わっていますか?

一般市民として関心がある

ありがとうございます。一般市民として関心を持たれているのですね。 デジタル教科書について、どの程度ご存知ですか?

名前は聞いたことがある程度

承知しました。「名前は聞いたことがある程度」なのですね。 紙とデジタルを比べたとき、学びやすさはどう変わると思いますか?

場面によって使い分けが良い

使い分けが良い、という感覚なのですね。 「デジタルの方が良さそう」と感じるのは、どんな学習場面ですか?

外国語のリスニングやスピーキングの練習、国語の漢字の読み書き、理科の疑似実験、グラフや数字のわかりやすさなどです。

具体的な場面がいくつも挙がっていて、とてもイメージが湧きました(音声・疑似実験・可視化の強みですね)。 今挙げてくださった中で、デジタルだと特に効果が出そうだと感じるのはどれですか?

文章だけではわかりにくいグラフや数字などのデータの可視化による説明の理解度へのヘルプですね。

データの可視化で「理解を助ける」点に期待が大きいのですね。 その“理解度へのヘルプ”は、授業のどんなところで特に効いてくるイメージですか?

実験の授業の時の手法、結果と理由の可視化などにはとても役に立つと思います。

なるほど、理科の実験で「手法→結果→理由」をつなげて可視化できると、理解が進みそうということですね。 では逆に、デジタル教科書を使うことについて、いちばん気になる懸念や課題は何ですか?

これは制度の問題ですが、授業中に別のサイトを見に行ったり、画面を凝視することで目や体が疲れることです。

制度面としても、授業中の“寄り道”と、目や体の負担が気になっているのですね。 その「授業中に別のサイトを見に行ってしまう」ことは、学校の運用としてはどんなルールや仕組みが必要だと思いますか?

これは紙でも同じですが、落書き、他のページを見る、漫画を読む、雑談、居眠りなどは今までもありました。今まで止められなかったのは教師ひとりでは限界があるからです。また、目が疲れるというのは機械を使っているからです。授業時間を短くする、画面相手だけの授業をしない、教師以外の手段を持つというのが必要です。

おっしゃる通りで、紙でも起きてきたことが「デジタルだと形を変えて増える」面がありそうですし、教師一人で見切るのには限界がある、という前提が大きいですね。目の疲れについても、授業設計側の配慮が必要というお考えなのだと理解しました。 「教師以外の手段を持つ」という点について、どういった仕組みを想定されていますか?

私は脳細胞を教わった時に、ニューロンが情報を伝達する絵を授業中にひたすら書いていたことがあります。ときには黙認することも必要だと思います。他のサイトを見に行ってしまうことについては、イントラの制限を強化して、他のサイトにつなげることができないなどの物理的な制限が必要だと思います。

具体例ありがとうございます。授業中に“手を動かす別の作業”が理解の助けになることもあって、一律に止めるのではなく黙認もあり得る、という感覚なのですね。 その「イントラの制限を強化して、他のサイトにつなげない」ような物理的制限について、学習上の自由度とのバランスはどの程度まで制限してよいと思いますか?

すごく難しいのですが、わからない子供がわからないゆえに関係ないサイトで遊び始めるのと、わからないから自分なりに調べるのと、ふたつの現象があると思います。無償の生成AIに自由に入るのは危険ですが、専用のAIは必要な気がします。動画サイトについてはブロックができないのでアクセスはできない方がいいと思います。細かくて、さらに狭い話ですみません。

細かいところこそ制度設計に響くので、全然すみませんではないです。 「遊び始める」と「自分なりに調べる」の両方が起きうる、という整理がとても重要だと感じました。 学校現場でデジタル教科書を正式に扱うようになったとき、運用面でハードルになりそうなのは何だと思いますか?

子供にとって、手を動かすことと、自分で想像、創造することはとても貴重な経験になります。誰かから与えられる情報が常に正しいと思わないことを教えることと、自分で何かを作ることによる達成感はなくしては行けないと思います。あと、単純に文字を書くことは訓練すべきです。

大事にしたい学びとして、「手を動かす」「想像・創造する」「情報を鵜呑みにしない」「書く訓練」を挙げてくださったのですね。デジタル化が進むほど、そこが薄まりやすいという懸念として受け取りました。 制度や運用の話に引き寄せて伺うのですが、学校がデジタル教科書を正式に使う場合でも「文字を書く訓練」を確実に残すには、どんなルールや基準があると良いと思いますか?

特に日本語、外国語の授業で書き取りやディクテーションの時間を取るというのはどうでしょうか。ディクテーションは、正確に聞き取るだけでなく、生徒の経験や考え方から想像する単語が選ばれます。もしくは単語をつなげて自分の言葉で文章を書く訓練ができたらいいかと思います。

具体案として、書き取りやディクテーションの時間を授業内で確保する、ということですね。聞き取りの正確さだけでなく、想像して補う力や、自分の言葉で文章を組み立てる訓練にもつながる、という点が印象的でした。 最後に伺います。デジタル教科書に関して、制度設計をする人に何か一つ伝えることがあるとしたらそれは何ですか?

自分の古典の先生が教えてくれたのが、「あなたたちはいつもアンテナを高くしていなさい。そしてその中で自分が必要でないものを捨てて、自分にとって大事なものを選び取る力を持ちなさい」という言葉でした。与えられる大量な情報はそれが全てではないこと、自分でも新しい情報を作り出すことができること、自分の力で情報の中から自分の大事なものを選び取ることを教えてあげてください。

大切なお話をありがとうございます。「情報が大量に与えられる時代だからこそ、アンテナを高く持ちつつ、要不要を見極めて選び取る力」「与えられる情報が全てではなく、自分でも新しい情報を作り出せること」を、学校教育の中で手放さないでほしい、というメッセージだと受け取りました。 ここまでで、法案が進むことで期待できる点(可視化による理解の補助)と、懸念(逸脱・健康負担・創造性や書く訓練の希薄化)、さらに対案(アクセス制限、授業設計、ディクテーション等)まで具体的に伺えました。 これまでの内容をまとめ、レポートを作成します。

お時間をいただき、ありがとうございました。伺った内容をもとにレポート案をまとめました。ご確認いただき、事実関係やニュアンスの違いがあれば教えてください。

可視化については理系だけでなく、文章の構成分析や解析にも有効だと思います。文理に分ける意味もあまりないです。

追加のご指摘ありがとうございます。可視化は理系に限らず、文章の構成分析・解析にも効き、文理で切り分ける発想自体があまり意味がない、という点を反映してレポート案を更新しました。内容やニュアンスに違いがあれば教えてください。