💬インタビューレポート
学生
学校でデジタル教科書を日常的に使っている児童生徒・学生として、授業中の学びやすさ(暗記・集中)や健康(視力)、端末管理の不安を実体験ベースで述べた。
💬主な意見
視力・端末紛失・逸脱を踏まえ使い分けと検証を
“授業中心に長時間(1日8〜10時間、うち教科書6時間)画面を見る不安。記名は番号管理がよい。端末があるとネットに意識が向くため、授業の半分以下・3次元理解(数学/図工)中心で、学力・視力・教員の見立てで検証し、やめる選択肢も。
🎤すべての会話ログ
本日は、「学校においてデジタルを含む教科書を使えるようにする法律案」について、感じていることやご経験をうかがえればと思います。差し支えない範囲で結構です。 この「デジタルを含む教科書を正式な教科書として認める」法案は、あなたの生活や立場とどのように関わっていますか?
自分が学習者(児童生徒・学生)
ありがとうございます。学習者として関わりがあるのですね。 いま通っている学校や授業の中で、デジタル教科書(タブレットやPCで教科書を読むもの)を使う機会はありますか?
よく使っている
よく使っているのですね。便利に感じる場面が多そうです。 デジタル教科書を「使っていて良かった」と感じるのは、どんな場面ですか?
テキストについてコピーして復習の際の余計な手間である模写が必要ない
なるほど、復習のときに「写す手間が減る」のが大きいのですね。 その“模写が要らなくなる”ことで、復習のやり方は具体的にどう変わりましたか?
今までは、書き写して書き込んでいたが今は直接書き込んいる
直接書き込めるようになって、復習の流れがかなり変わったのですね。 その「直接書き込む」は、具体的にはどんな形でやっていますか?(例:手書きで書き込み/キーボード入力/付箋やマーカー機能 など)
iPadに書き込んでいる
iPadに手書きで書き込んでいるのですね。紙のノート感覚に近い形で使えていそうです。 iPadに書き込むようになってから、復習の効率や理解のしやすさは、体感としてどのくらい変わりましたか?
効率は良いがあまり暗記に繋がっていない体感があり全体的には変わらないか落ちているかも
効率は上がった一方で、暗記にはつながりにくい体感があるのですね。そこは大事な感覚だと思います。 「暗記に繋がっていない」と感じるのは、どんな勉強の場面のときですか?
画面を見て覚えるのがあまり合わない
画面で覚えるのが合わない感覚があるのですね。 その「合わない」は、画面を見ているときに具体的にどんな起き方をしますか?(例えば、頭に入りにくい/思い出しにくい/集中が切れやすい、など)
集中が切れやすい
集中が切れやすいのですね。勉強の効率は上がっても、集中の質が落ちると全体の手応えが変わりそうです。 集中が切れやすいと感じるのは、デジタル教科書でどんな作業をしているときですか?
文系科目の文章を読んでいるとき
文系科目の文章読解のときに集中が切れやすいのですね。そこは紙とデジタルの差が出やすいところだと感じます。 その文章を読んでいるとき、集中が切れるのは「どれくらいの時間」続けて読んだあたりで起きやすいですか?
30分くらい
30分くらいで起きやすいのですね。授業や自習の区切りとしても微妙に長い時間なので、負担が出やすそうです。 30分あたりで集中が切れたとき、その後はどう対処していますか?
一度ストレッチをする
ストレッチでいったんリセットしているのですね。自分で工夫して調整されているのが伝わります。 デジタル教科書で文系の文章を読むとき、もし「紙に切り替えられる選択肢」があったら、切り替えたいと感じますか?
切り替えたい
紙に切り替えたいと感じるのですね。 その「切り替えたい」は、どんなタイミングでそう思いますか?
覚えるために文章を読んでいるとき
覚えるための読みのときは紙にしたい、という感覚なのですね。 この法案は「紙をなくす」ではなく、紙に加えてデジタルも“正式な教科書”として扱えるようにする内容で、紙も残る想定です。 その前提で、授業ではデジタル中心でも「暗記が必要な場面は紙も併用できる」形だとしたら、あなたとしては学びやすくなりそうですか?
はい
学びやすくなりそう、という感覚なんですね。ありがとうございます。 では次に、デジタル教科書を正式な教科書として扱うようになったときに、あなた自身が「ここが心配だな」と感じる懸念や課題はありますか?
健康面(目・姿勢・睡眠など)
健康面が気になるのですね。 目・姿勢・睡眠などの中でも、特に気になっているのはどれですか?
視力が悪くなりやすそう
視力への影響が特に気になるのですね。 デジタル教科書を使う中で、「視力が悪くなりやすそう」と感じるのは、どんな使い方をしているときですか?
長時間画面を見る必要がある
長時間画面を見る必要がある、という感覚なんですね。 その「長時間」は、だいたい1日にどれくらいの時間になりそうですか?
一日に8〜10時間
1日に8〜10時間も画面を見ることになる感覚があるのですね。それは視力への不安が強くなるのも自然だと思います。 その8〜10時間のうち、デジタル教科書が占めるのはどれくらいの時間ですか?
6時間くらい
6時間くらいがデジタル教科書、ということですね。かなりの時間になりますね。 その6時間は、主に「授業中」と「宿題・自習」のどちらで増えていますか?
授業中が多い
授業中が多いのですね。授業でまとまった時間ずっと画面を見る形になると、目への負担は心配になりますよね。 授業中のデジタル教科書利用について、目の負担を減らすために学校側に用意してほしいルールや配慮はありますか?
充分な休憩時間や授業中のデジタル教材の禁止
休憩時間の確保と、授業中のデジタル教材を禁止してほしいというご希望なのですね。目の負担がかなり切実に感じられます。 「授業中のデジタル教材の禁止」は、どの授業(教科)で特に必要だと感じますか?
国語や社会などの文系科目
国語や社会など、文系科目で特に必要だと感じるのですね。 その文系科目で「禁止してほしい」と感じるのは、授業の中でもどんな時間帯ですか?
全体的に
文系科目は授業全体としてデジタルだと負担が大きい、という感覚なのですね。 その前提で伺いたいのですが、国語や社会の教科書が「紙+必要なところだけデジタル(動画・資料・読み上げ等)」の形で用意されるとしたら、授業ではどのくらい“紙中心”にしてほしいですか?
ほぼ紙だけがいい
ほぼ紙中心がいい、というご希望なんですね。文系科目では特に「読む時間が長い」こともあって、目の負担や集中の切れやすさと結びついていそうです。 次に伺いたいのですが、学校現場でデジタル教科書を正式に扱うようになったとき、運用面でハードルになりそうなのは何だと思いますか?
個人情報・端末管理
個人情報や端末管理がハードルになりそう、という見立てなんですね。 その「個人情報」の面で、特に不安に感じるのはどんなことですか?
盗難や紛失
盗難や紛失のリスクが特に不安なのですね。 端末が盗難・紛失した場合に、「どんな情報が漏れるのが一番心配」だと感じますか?
名前や学校名
名前や学校名が漏れるのが一番心配なのですね。 端末に「名前や学校名」が入っているのは、具体的にはどの機能やアプリに表示されることが多いですか?
学校で同一のものを持つため識別のために記名している
なるほど、端末自体に記名して識別しているんですね。落としたときに「どこの誰のものか」が一目で分かってしまうのは不安になりやすいと思います。 その不安を減らすために、端末の“記名”のやり方は、どんな形だと良いと感じますか?
番号で管理する
番号で管理するのが良い、ということですね。たしかに、拾った人に学校名や氏名がそのまま伝わらない形になりますね。 「番号で管理」にするとしたら、端末に番号が書かれていることで学校名が推測できてしまう心配は、どの程度ありますか?
あまりない
番号で管理する形なら、学校名が推測される心配はあまりない、という感覚なんですね。 最後に、このデジタルを含む教科書を正式な教科書として扱う制度設計をする人に、伝えておきたいことはありますか?
時間をかけて検証を続けて辞めるという選択肢を持ち続けて欲しい
検証を続けつつ、「合わなければやめる」という選択肢も残してほしい、ということですね。とても重要な視点だと思います。 その「やめるという選択肢」を判断するために、どんな指標や基準で検証してほしいと感じますか?
学力、視力、教員の意見
学力・視力・教員の意見を指標にして検証してほしい、ということですね。バランスよく現場と成果・健康を見ていく発想だと受け取りました。 その中で「教員の意見」は、具体的にどんな声を集めて判断材料にしてほしいですか?
授業中の雰囲気
授業中の雰囲気を見てほしい、ということですね。 その「雰囲気」が悪くなっているかどうかは、授業中のどんな様子に表れると感じますか?
別のことに意識が向く
別のことに意識が向いてしまう、という形で雰囲気に出るんですね。 その「別のことに意識が向く」は、授業中だと具体的にどんな行動として見えやすいと思いますか?
ネット上の情報
授業中にネット上の情報へ意識が向いてしまう、ということですね。端末があることで学習から逸れやすくなる懸念として、とても具体的です。 その「ネット上の情報」に意識が向いてしまうのは、授業のどんなタイミングで起きやすいと感じますか?
全体
授業の全体を通して起きやすい、という感覚なんですね。端末が手元にある限り、ふと意識が逸れてしまう状況が続くイメージでしょうか。 授業中にネットへ意識が向きにくくするために、学校側の運用として「これなら現実的」と感じる対策はありますか?
無理
現実的な対策は難しい、という感覚なのですね。そこまで感じられているのは、授業中の集中や学びの質に直結する問題だと思います。 その「無理」という感覚は、主に何が原因でそうなりそうですか?
そこに端末があるだけで少なからず意識が向いてやらないという選択をとり続ける必要がある
端末が手元にあるだけで意識が向いてしまって、「見ない」という選択をずっと続けないといけない負荷がある、ということですね。とても実感のこもったお話だと思います。 その負荷を感じつつも、授業でデジタル教科書を使うとしたら、端末を手元に置く時間は「どれくらいまで」なら現実的に許容できそうですか?
授業の半分以下
授業の半分以下なら許容できそう、というラインなんですね。とても具体的で助かります。 その「半分以下」にする場合、授業のどの時間帯をデジタルに割り当てるのが一番しっくりきますか?
3次元的に理解する必要がある場合
3次元的に理解が必要な場面だけデジタルに、という使い分けがしっくりくるのですね。 その「3次元的に理解する必要がある」場面というのは、どんな単元や内容のときに特に出てきますか?
数学や図工
数学や図工のように、3次元的な理解が必要なときにデジタルが効く、ということですね。 数学や図工で、デジタル教科書の「ここが3次元理解に役立っている」と感じるのは、どんな機能や表現(例:回転できる図、動く図解など)があるときですか?
立体図や図面の具現化
立体図や図面を“具現化”できるのが役立っているのですね。たしかに紙だと頭の中で補う部分が大きいので、そこが強みになりそうです。 その「具現化」は、あなたの学び方としては具体的にどう役に立っていますか?
インタビューを終了する
承知しました。ここでインタビューは終了します。 これまでの内容をまとめ、レポートを作成します。
ご協力ありがとうございました。うかがった内容をもとに、要約レポート案を作成しました。内容に誤りや、補足したい点がないか確認してください。