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💬インタビューレポート

一般市民

懸念

一般市民として、この法案に対して関心を持ち、法律の論理的一貫性と実効性について批判的に検討している。

回答日2026.7.3 06:27
インタビュー分量14 分 / 510 文字

💬主な意見

『嫌悪感』を基準にする根拠が不明確

ゴキブリを食べるシーンなど他の行為の方が、客観的には多くの人に嫌悪感を与えるはずなのに、なぜ国旗損壊のみを法律で規制するのか。基準が恣意的であり、同じ基準なら他の行為にも適用すべきではないか。

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物理的行為の規制だけでは保護法益が守られない

損壊・除去・汚損という行為だけを禁止しても、言論や侮辱的表現など別の方法で国旗を貶められる。本当に『国旗尊重感情』を保護するなら、規制の範囲が不足している。

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立法事実として『嫌悪感』の消滅を見込めない

配信など公然と行われる損壊しか規制できないため、実際の効果は限定的。また、法律で行為を禁じても、国旗汚損の『嫌悪感』そのものは社会に残り続ける。

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🎤すべての会話ログ

こんにちは。本日は、国旗を壊したりした人を罰する法案についてのインタビューにご協力いただき、ありがとうございます。あなたのご意見をお聞きして、この法案についての理解を深めたいと思っています。 まず、この法案の内容のうち、あなたが特に関係がある、または意見を伝えたいテーマはどれですか?

著しい不快や嫌悪の基準

ありがとうございます。「著しい不快や嫌悪の基準」についてですね。そこにご関心があるのですね。 では、次にお伺いしたいのですが、この法案について、あなたはどんな立場・関わり方に近いですか?例えば、一般市民としての関心、芸術活動、SNSでの発信など、いろいろな立場が考えられますが。

一般市民として関心がある

ありがとうございます。一般市民として関心をお持ちなのですね。 では、この法案について現時点でどの程度ご存知ですか?

よく知っている

了解しました。法案についてよくご存知なのですね。 では、この法案について、全体としてどのように評価していますか?

良くない

そうですか。法案全体としては良くないとのご評価ですね。それは、「著しい不快や嫌悪の基準」が曖昧だからこそ、良くないとお考えなのでしょうか。それとも、別の理由もあるのでしょうか?

この立法を望む国民の声を聞くと嫌悪感を理由に挙げる人が多いが、ライブ配信以外では国旗の汚損はこの法律ができても見え続けるので、嫌悪感は立法事実にならない

なるほど、重要なご指摘ですね。つまり、この法案を支持する人たちが「国旗を損壊する行為が人に嫌悪感を与える」ことを理由にしているけれど、実際には公然と行われる損壊以外(例えば、既に汚損された国旗を見る、SNSで動画を見るなど)では嫌悪感は変わらないままだから、嫌悪感を理由とした立法には根拠がないということですね。 それでは、あなたが特に関心をお持ちの「著しい不快や嫌悪の基準」という点について、なぜ/どのような点が気になるのか、具体的に教えていただけますか?

おそらく国民にアンケートを取れば国旗が損壊される様子を見るよりもゴキブリを食べる様子の方が圧倒的に見たくない人が多いであろうに、国旗の損壊のみを人に見せてはならないという法を作る必要性がない

非常に興味深いご指摘ですね。つまり、「著しく不快や嫌悪の情を催させる行為」という基準が客観的でなく、社会的な優先順位がおかしいということですね。法律が保護すべき『嫌悪感』なら、なぜ国旗だけなのか、という根本的な疑問をお持ちなんですね。

そう

ありがとうございます。その点がはっきりしました。つまり、「著しく不快や嫌悪の情」という基準自体が恣意的であり、同じ基準を使うなら国旗以外にも適用すべきなのに、なぜ国旗に限定しているのかが納得できない、ということですね。 そうすると、この法案を実際に運用するうえで、ハードルがあると思いますか?また、影響を受ける側のさまざまなケースが十分に考慮されていると思いますか?

いいえ(考慮が不十分/ハードルが大きい)

そうですね。考慮が不十分だとお考えなんですね。具体的には、どのようなケースが見落とされていると思いますか?例えば、どのような立場の人たちや、どのような状況が十分に検討されていないと感じられますか?

国旗を使った表現をする人が国旗損壊罪に抵触していなくても、国旗損壊罪の保護法益として国旗損壊を見るのは一般的に嫌悪感を催すものだと批判的な設定をしているため、「脱法」的に非倫理的行為を行なっているものと見なされる

非常に鋭い指摘ですね。つまり、この法律が『国旗損壊を見ること=一般的に嫌悪感を催すもの』という前提で設計されているために、たとえ法律上は違法でなくても、社会的には『非倫理的なことをしている』というレッテルを張られてしまう懸念があるということですね。実質的な萎縮効果が生じるわけです。 それでは最後に、この制度を設計する人に、何か一つ伝えるとしたらそれは何ですか?例えば、立法者たちが見落としていることや、優先的に検討すべきことなど。

自分が見たら不快になるものも世の中にはあり、それを受け入れられるように育つべきだった

非常に本質的なメッセージですね。つまり、法律で『見てはいけない行為』を作るのではなく、社会全体で『不快なものを見てもそれを受け入れられる成熟さ』を育むべきだったということですね。国旗の損壊という行為よりも、国民の心の在り方や寛容性を養うことこそが重要だというご指摘。 ここまでのお話を整理させていただくと: **あなたのご主張の核心** - 「著しく不快や嫌悪の基準」は恣意的であり、ゴキブリを食べるシーンなど他の行為よりも客観的に嫌悪感が大きいわけではない - 同じ基準なら国旗以外にも適用すべきなのに、国旗に限定する根拠が弱い - 法律で規制しても、配信以外の形で国旗汚損の『嫌悪感』は消えない(立法事実が薄い) - さらに、たとえ法律を守っていても、社会的には『非倫理的』というレッテルが張られ、表現の自由に実質的な萎縮効果をもたらす - 本来は、不快なものを見ても受け入れられる、より成熟した社会を目指すべき このご指摘は、この法案の根本的な問題点を浮き彫りにしていると言えますね。 これまでのインタビューで、あなたの考えを十分にお聞きすることができました。ここからはお話をまとめて、レポートを作成させていただきたいと思います。本日はご協力ありがとうございました。

もう少しインタビューを続けたいです。

かしこまりました。もう少しお時間をいただけるのですね。ありがとうございます。 あなたのご指摘は非常に興味深いので、さらに深く掘り下げたいと思います。 あなたは『不快なものを見ても受け入れられるように育つべき』とおっしゃいましたが、一方で、この法案を支持する人たちは『国旗は国民の統合の象徴だから、特別に保護する必要がある』と主張しているかもしれません。そうした異なる視点について、あなたはどのようにお考えですか?例えば、国旗に特別な地位があると考える人の立場は、あなたのご意見とどう折り合うと思いますか?

それならば国旗は国民の統合の象徴でない汚い丸だと言う言論も罰するべきだ

なるほど、非常に一貫性のあるご指摘ですね。つまり、もし『国旗は国民統合の象徴だから特別に保護する』という論理が成り立つなら、逆に『国旗は汚い丸に過ぎない』という言論も同じ基準で罰するべき、ということですね。 ただ、ここで興味深い点があります。現在の法案は『損壊・除去・汚損という行為』を罰するもので、『言論や思想』を直接罰するものではないと提出者たちは主張しています。 そこで、あなたはどのようにお考えですか?つまり、『国旗は汚い丸だという言論を罰すべき』というご指摘は、言論の自由と国旗保護のバランスについて、別の観点からの問題提起だと思うのですが、この点について、もう少し詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?例えば、あなたは言論規制と行為規制の区別についてどう考えられますか?

国旗を損壊したい人は国旗を損壊すれば捕まるなら他の方法で国旗を侮辱するのでもし本当に保護しなければいけない法益なら全く足りない

大変鋭いご指摘です。つまり、この法案は『損壊・除去・汚損という物理的行為』に限定しているために、本当に『国旗尊重感情』を保護したいのであれば、言論や侮辱的表現まで含めて規制すべきだということですね。逆に言えば、物理的行為だけを規制するこの法案は、本来の目的『国旗を大切に思う感情を守る』ことには不十分だ、ということですね。

うん

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ありがとうございます。では、別の観点からお伺いしたいのですが、あなたは警察や司法機関が実際にこの法律を運用する際に、どのような問題が生じると予想されますか?例えば、『著しく不快や嫌悪の情を催させる方法』という基準で、実際に逮捕や起訴をするときに、どのような判断の困難さが出てくると思いますか?

もうレポートでいい?

かしこまりました。これまでのご指摘は本当に貴重でした。ここまでのお話をまとめて、レポートを作成させていただきます。本日はお忙しい中、詳しくお聞きしてくださり、ありがとうございました。

ありがとうございました。これまでのご意見をレポートにまとめさせていただきました。内容のご確認をお願いいたします。